第5-15話 ドラゴンと魔術師

 吹雪荒れる山頂に、ゆったりと身体を横たわらせて箒に乗った侵入者を見つめる最強種ドラゴン


 外見は間違いなくアリシアから受けた報告通り。

 銀に近しい青白い鱗に全身を覆われ、どの鱗にも傷はない。

 成長限界が無い長命のドラゴンらしく、体長は50m近くと最大級の大きさだ。


 そして、緑の瞳には理知的な光。


『あら、人なのに空を飛べるなんて素敵ね』


 そして、アリシアとイグニの侵入にも驚かずにほほ笑んだ。


「……ハイエム」


 ぽつり、とイグニが漏らした彼女の名前にハイエムがにたりと笑った。


『人はを呼び捨てで呼ぶのが礼儀なのかしら?』

「……これは失礼した。ハイエム

『良くてよ』


 まさか竜に礼儀を説かれるなんて思っても居なかったイグニは困惑。

 しかし、それ以上にハイエムがこちらに対して攻撃の意思を見せないことに驚いた。


「……襲ってこないのか?」

『なぜ私が人を襲う必要があるの?』


 イグニの問いかけに、首を傾げるハイエム。

 そう言われてしまうとイグニとしても返答しようがない。


 ……まさかこの竜、思ったよりも会話が成立するのか?


 と、不思議に思っていると今度はイグニの代わりにアリシアが口を開いた。


「だってあなたは、冒険者たちを全滅させたじゃない!」

『あら? 私は襲ってきたから、自衛のために魔術を使っただけよ』

「……正当防衛だって言いたいの?」

『素敵な言葉ね。そう、それよ』


 ハイエムは身を起こして、空を飛び続けるアリシアとイグニに目線を合わせた。


『私は素敵な場所を見つけたから、ここに住むことに決めたの。そうしたら、人が襲ってきたからために魔術を使ったの。何か悪いかしら』

「そんな……。それは、あなたの勝手よ! ここは私たちの国。私たちの領土なのよ!!」

『あら。それは人の勝手だわ。世界は誰の物でも無いもの』


 アリシアの言っていることが正しい一方で、ハイエムの言っていることも正しい。

 少なくともイグニはそう感じた。


 しかし、どちらも正しいからこそハイエムにはここからどいて貰わなければならない。

 それがイグニに与えられた仕事なのだ。


「ハイエムさん! 貴女が山頂ここを素敵だというのは構わないが、ならば魔術を止めてくれないか!」


 言葉が通じるなら、説得もできるだろうとイグニは判断しハイエムに語り掛ける。

 直接的に魔術を交わすのが戦いではない。


 言葉によって説得し、それが出来ない時に残された最終手段が戦闘なのだ。


『魔術? 雪のことかしら?』

「ああ、そうだ。貴女がここにいると、ここは冬のままなんだ」

『止めれるなら、私も止めるわよ』

「……ん?」


 ハイエムから返ってきた予想外の言葉にイグニは首を傾げる。


『これは私が生まれた時から勝手に外に出てるの。止められないのよ』

「……えーっと」


 流石にこれには困惑。


 ドラゴンは最強種。

 それは、魔術と魔力保有に長けており常に天災魔術を使えるからだとイグニは思っていたのだが、もしかしてハイエムは魔術の制御が出来ないだけ……?


「マジ?」

『本当よ』


 ハイエムの言葉に嘘は無さそうなのが、余計にイグニを困惑させた。


「なら、聞かせて。貴女はどうしてここに来たの?」

『あら。私が自由に動いて何か悪いの?』


 アリシアの問いかけに答えるハイエムだが、イグニには彼女の言葉に不機嫌が混じったことを見逃さなかった。


 ……ここに移動してきた理由に、彼女が不機嫌になる理由があるのだ。


「……教えてくれ。ハイエムさん。もしかしたら、俺たちが貴女の助けになれるかも知れない」

『なれないわ』

「……いや、しかし」


 ハイエムの否定を受けても、食い下がるイグニ。

 それを聞いたハイエムは少し考えるそぶりを見せて……笑った。


『ふうん。そう。なら、試してみましょう。貴方たちが、私よりのか』


 刹那、風が吹き荒れた。


『私はハイエム。“ふゆ”のハイエム。人の子たち。貴方たちが竜に問いたいのであれば、相応の物を見せるべき。そうでしょう?』

「『風よヴェントス』ッ!」


 吹き荒れる吹雪に箒の制御が奪われないように、アリシアの吠えるよう詠唱。

 吹き荒れる風を、上回るで叩きつけると、2人の身体を空に押し上げる。


「俺はイグニ」


 届くかどうかは分からない。

 けれど、名乗られたのであれば、名乗り返すのがだ。


「ただの、イグニだ」

『凍りなさい』


 パキ、と音を立てて

 一瞬にして体感温度は底につくと、猛烈な寒波によって眼球が凍り付いてしまったかのような錯覚に陥る。


 それを打ち払うように、イグニの『ファイアボール』が空中に展開。


「『装焔イグニッション』ッ!!」


 そして、詠唱。


 燃え盛る赤い炎は魔力を込められ、真白に染まる。

 それはふとすると、真冬に作られた雪玉スノーボールに見えないことも無いが、現実は違う。


 摂氏数億度をはるかに上回る莫大な熱の塊である。


『……あら』


 瞬間、空中に生み出された熱が周囲の雪を一瞬で沸騰させると水蒸気爆発。

 冷たい空気を一瞬で振り払って、空中に刹那の太陽を顕現させる。


「『発射ファイア』ッ!」


 そして、ハイエム目掛けて撃ち込んだ。


『止まりなさい』


 竜の命令えいしょう


 ただの一言が魔術になる最強種に許された言葉の魔術によって、イグニの撃ちだした『ファイアボール』は減速。そこに合わせる様に氷壁がハイエムとの間に立ちふさがって、ハイエムは完全にイグニの魔術を防ぎ切った。


『イグニ、素敵だわ。貴方のような魔術師は、久しぶりよ』

「『装焔イグニッション徹甲弾ピアス』」


 だが、それで終わりではない。


 イグニの周囲に展開される5つの『ファイアボール』が高速回転!

 空気とこすれて、摩擦音を唸らせる!!


「『発射ファイア』」


 ズドドドッ!!!


 雪山に爆撃音が響き渡り、山が崩れるかのような錯覚。

 積もった雪が雪崩なだれを引き起こして、山の斜面を削っていく。


『ただのファイアボールにしては、重いわね』

「俺は『術式極化型スペル・ワン』だからな」

『あら、本当にいたのね。御伽噺おとぎばなしだと思ってたわ』


 イグニとしては驚愕のリアクションが欲しかったのだが、ハイエムはどうやら知っていたらしい。ちょっとがっかり。


『でも、この程度ではダメよ』

「勿論」


 ハイエムは当然、無傷。

 彼女がにこやかにほほ笑むと、風が吹き荒れ雪がイグニたちを殴りつける。


「まだまだがあるぜ! ハイエムさん!!」

『愉しみね』


 そして竜は魔力を熾した。

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