第5-08話 ドラゴンと魔術師

「ね、イグニ。ドラゴンってなんなの?」

「うん? どうした?」


 アリシアとエリィの2人に城まで案内されている途中で、サラがそう尋ねてきた。


「イグニ、ドラゴン、倒す」

「ん? うん。俺、ドラゴン、倒す」


 ちょっと原始人っぽい喋りをしながらサラが尋ねてくるものだから、イグニもちょっとそれに影響されて喋り方がおかしくなる。


「ドラゴンって、何?」

「何、かぁ」


 難しい質問だなぁ、と両腕を組む。

 確かにドラゴンとは何かと聞かれて、ぱっと答えられる者はいないだろう。


 何しろ、人によって答えが違うのだから。


「そうだな。ドラゴンってのは、最強種って言われてるな」


 なので、無難なところから入った。


「最強種? なにそれ」

「強いんだよ。種族ドラゴン自体が」

「ふーん?」


 いまいち分かってないサラ。

 それもそうだろうと思い、イグニは続ける。


「人は強さに差があるだろ? 強い人と弱い人、いろいろいるわけだ」

「うん」

「例えば、“極点”と普通の人だと凄い差がある」

「なんとなく、分かるよ」


 サラがぼんやりと理解したため、そういう。

 “極点”を果たして人間と言って良いかどうかは別の話として。


「でも、ドラゴンにはそこまで大きな差は無いんだ。みんな、強い」

「どれくらい強いの?」

「“極点”並みか……。もしくは、それ以上か」


 “極点”と言っても、皆が皆どこでもいつでも最強というわけでは無い。


 例えば“水の極点”たる“海”のフローリアが使う魔法は“海の奇跡”。

 存在している事象を無かったことに出来る魔法だが、発動までに時間がかかる。


 だから、中・遠距離攻撃を主体にして魔法発動までに時間を稼ぐ。

 魔法を発動さえしてしまえば、あとは任意にあらゆるものを消失させられる。


 勿論、消すものに応じて魔法発動の時間はかかるものの。


「勿論、自分有利な状況に持ち込めれば“極点”の方が強いんだけどな」


 強者は全員知っている。

 常に万全の状態で戦えるはずがないことを。


 故に、如何にして自分有利に持ち込むか。


 それが、戦いである。


「イグニ。と、どっちが強い?」

「俺だよ」


 けれど、イグニはまっすぐ答える。


「俺の方が強い」


 それが、彼女の何よりの心の支えになると知っているから、彼はそう答えるのだ。

 これから先、どれだけサラを狙う者がいようとも、彼はサラを守る。


 何人を敵に回したとしても助けを求められたのだから、彼は手を差し伸べるのだ。


「ついたわ。ここよ」


 なぜか真正面から入らず、地下水路を通って中に入るお姫様2人組にイグニは、もしかしてこの2人抜け出してるのかと、いぶかしむ。ちなみに、それが正解だ。


「ドラゴン討伐って……もう進んでんのか?」

「そうね。先遣隊はもう出たわ」


 冒険者ギルドに全くと言っていいほど歴戦の冒険者たちがいなかったことが気にかかっていたイグニがアリシアにそう聞くと、彼女は首を縦に振った。


「じゃあ、先遣隊がドラゴンを倒すこともあり得るわけだ」

「……倒せるならね」

「どういうことだ?」


 いやにもったいぶってそう言うので、イグニは首を傾げた。


「敵は“ふゆ”のハイエム。聞いたことは、あるでしょ?」

「……ああ」


 季節の名を2つ目の名前として持っているのは、それが強いからだ。

 それが、季節という大きなものを冠するに相応しいとされているからだ。


「大戦を引き起こした原因……って、言われてるな」


 イグニはぎゅっと、サラの手を握りしめながらそう言う。

 サラは何事かとイグニを見つめる。


 彼女は、気が付いていないようだ。


「“ふゆ”のハイエムが『魔王』の生息地に降り立って、生き物が住めなくなったから人の住む場所に侵攻した……って、説もあるくらいよ」

「また厄介なのが来たな」

「そうなの。港町は完全に冬になってしまって、今はとんでもないことになってるわよ。外にお湯を出すと一瞬で凍るんですって」

「すげーな……」


 いかなる魔術においても、気温を下げて水を氷とする魔術は存在しない。

 故にハイエムの属性は【固有オリジナル:冬】。


 彼女だけが持ち得る特殊な属性だ。


「あ、アリシア様! どこ行ってたんですか!? 探しましたよ!」


 ふと、城の中を歩いていると聞きなれた声が後ろから聞こえて来た。


 ちらり、と後ろを振り向くとよく見た顔がそこにあって、


「わわッ!? イグニ様とユーリ!? それにサラちゃんも!!?」

「知り合いなの?」


 エリィがその耳をぴょこぴょこさせながら尋ねてくる。

 それに真っ先に頷いたのはイリス。


「はい! 私の命の恩人がイグニ様です!」

「そうなの?」

「……まあ」


 エリィが本当かどうかを聞いてきたので、イグニは頷いた。


 確かにあれは命の恩人かも知れないが、そこまでのほどだとは思っていないのでイグニとしては未だに困惑するのだ。流石にもう慣れてきたが。


「それよりなんでイリスがここに?」

「はい! 私、実は実家が帝国なんです!」

「そうなの?」

「そうなんです! 3流貴族なので、あんまり有名じゃないかもしれませんが、本当はイリス・パルライトって言います!」


 パルライト家……?

 聞いたこと無いなぁ……とイグニは思ったが、それは顔には出さずに「そうなんだ」と答えた。


 ちなみに、イリスの言っていることは何一つ間違えておらず本当に3流貴族なので知名度は皆無に等しい。イリスがロルモッド魔術学校にやってきたのは、帝国の魔術学校に入ると貴族同士のあれやこれやに巻き込まれて娘が嫌な思いをするだろうと、彼女の身を案じた両親の考えによって帝国事情に疎い王国の魔術学校に入れられたのだ。


「貴族なのに皇族のお付きを?」

「アリシア様に呼ばれたんです!」

「……様?」

「お城でそう呼ばないと私の首が飛んじゃいます!」


 イグニの質問ににっこにこで答えるイリス。

 ……イリスってメンタル強いね。


「イリス。悪いんだけど、爺やを呼んできて頂戴」

「はい!」


 すたすたと早歩きで廊下の端に消えていくイリス。


「すぐに来ると思うから、私の部屋で待ちましょう。それではお姉さま。


 そう言ってエリィから離れるアリシア。

 さらっとイグニの手を掴んで部屋に連れて行く。


 それを見ながら困惑したままのエリィ。


「な、なあ、アリシア。良いのか?」

「何が?」

「……お姉さんなんだろ?」

「良いのよ。どうせ、イグニたちのことだって、私で遊ぶためのおもちゃくらいにしか思って無いでしょうし」

「そうなの? でもボクたち丁寧に案内してもらったよ??」

「そこで信頼を勝ち取って、私に見せびらかすつもりだったのよ。私の友達と簡単に仲良くなって……どうこうとか言うに決まってるわよ」

「……詳しいな」

「これまで何度も似たようなことされてきたもの。さ、入って」


 そう言ってアリシアに案内されて、彼女の部屋の中に入る。

 入ってまず思ったのが、広すぎる……である。


 皇族の部屋なので威厳を示す意味もあるのかも知れないが、それにしてもとにかくデカい。


「そこ座って。すぐに爺やが来ると思うから」


 イグニたちがソファに腰を下ろした瞬間に、ドアがノックされた。


「入って良いわよ」

「失礼いたします」


 すると、イリスが白髪の老人を連れて部屋の中に入ってきた。


「アリシア様。イリスから話を聞きました」

「彼が“噂”のイグニよ」


 そういってアリシアがイグニを掌で示すので、イグニは立ちあがって老人に挨拶。


「イグニです」

「おお、貴方が。お噂はかねがね聞いております。わたくしは、この城の執事でありますセバスチャンです。気軽に爺やとお呼びください」


 好々爺と言うべきか、にこやかに話す老人を相手に悪い気はしないイグニも釣られて笑顔になる。


「この度は港町エスポートに巣食ったハイエムを討伐していただけるというお話でして、ありがたいことこの上ないのですが……」

「どうかされましたか?」

「イグニ様の実力か本当かどうか……確かめたいのです」

「ふむ」


 確かにそれは彼の言う通りだろうと思うイグニは相槌。

「ですので、これから城にいる騎士たちと模擬戦をしていただきたいのです。その際の結果を踏まえて、騎士団長に判断を仰ぐという形になりますがよろしいでしょうか?」

「構いませんよ」


 イグニは笑顔で頷いた。

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