第4-30話 執念と魔法使い

「魔法? 君は魔法を使えるのか!?」

「ああ」


 『装焔機動アクセル・ブート』で空に浮かび続けながら、イグニはハウエルを見下ろしてそう吐き捨てる。


「……いや、まさか。そんなことが」

「見たいんだろ」


 夜風が吹き抜ける。イグニの『ファイアボール』によって、燃えていた土がそれによって静かにくすぶる。ハウエルは山の中腹から、イグニを見上げるようにして、問うた。


「……ほん、とうに……使えるのか?」

「そうだ」


 イグニはそっと胸に手を当てる。心臓の鼓動が手に伝わってくる。

 そして、その奥にあるサラとのリンクを感じる。


「……まさか、。その歳で……魔法なんて……」


 ハウエルが言葉に詰まりながら、それでも必至に言葉にする。

 そうしないと、彼の中でつちかってきた常識が崩れてしまうから。


「『ファイアボール』を磨き上げている……。威力も……おかしい……。単一の魔術を磨く魔術師はそう、多くない……。君は……『属性特化型エレメント・ワン』なんだろう!?」

「違う。『術式極化型スペル・ワン』だ」

「なんだ、それは……」


 ハウエルは震える言葉で静かに尋ねる。


「たった1つの魔術しか使えない代わりに、その魔術への適性が高くなる」

「……だから、か? だから、魔法を使えるようになったのか?」

「そうかもな」


 イグニは興味なさげに言う。


「……そ、そんなの! そんなのってありか!?」

「さぁ」


 自らが積み重ねてきた常識が崩れていくのを必死に支えるために、ハウエルが言葉を吐く。


 自分は天才だった。ロルモッド魔術学校では常に首席だった。恵まれた家に生まれて優れた父から魔術を教わった。同年代に自分に並ぶ者はいなかった。それが当たり前だと思った。自分の才能と、自分の積み重ねてきた執念がそれを支えているからだ。


 だから、いつか自分も“極点”の座に名前を連ねるのだと思っていた。幼きころ憧れ、父が届かなかったその領域に。そう。時間さえあれば、自分でもそこにたどり着けるのだと。


 だが、目の前の彼は何なのだ。


 家名は無い。貴族ではないということだ。

 だが、それは問題ではない。貴族だろうが、平民だろうが、関係なく天才はいる。


 それに今年はエリーナですら首席を取れるほどに、ロルモッドは。成績上位者は騎士団が率先してスカウトするため、名前があがるがそこにイグニという名前は上がっていなかった。


 けれど、彼はそこにたどり着いたのだという。


「ど、どうして……! どうしてだ! どうして君は魔法が使えるッ!!」

「執念」


 ただ1つ、シンプルにイグニは言い返す。

 それ以外に理由などは要らないのだ。


「……ッ! 俺は……俺は君を討ち破るッ!! 魔法使いを倒してからこそ、この研究が完成するッ!!」


 そう言ってハウエルは手元に1つの大きく黒い物体を生み出した。


「イグニ君! 君が魔法使いだというのならッ!! これを止めてみるがいいッ!! 『強磁力テツラ・マグネティカ』ッ!!」


 バジジジッ!!!


 強力な磁力が周囲を荒らし、砂鉄と反応して音を立てる。

 ハウエルが何をするのかは分からないが、何をしたいのかは分かる。


 その光景にイグニはふと、去年のことを思い出した。


 ――――――――――――

『うぉおおおっ! 『装焔イグニッション完全燃フルバー』……』

『遅い』


 詠唱途中でイグニの腹に蹴りが叩きこまれる。

 それで集中が途切れ、魔力を散乱させながらイグニの身体が後方に吹き飛んだ。


『げほ……ッ。げほ……ッ!』


 ルクスの蹴りで内臓を痛め、血を吐き出しながらイグニはルクスを睨む。


『何をしておる。立て』


 静かにルクスが言う。


 戦闘訓練に関して、ルクスは一切の容赦が無かった。

 いや、容赦はしていた。ルクスが本気で蹴ればイグニどころか周囲一帯が消し飛ぶからだ。


『ず、ずりぃよ。じいちゃん』

『何がじゃ? イグニよ、まさか……魔法使えれば勝てると思って無いか?』

『…………』


 図星を付かれてイグニは黙り込んだ。


『はぁ……。そんなことじゃろうと思ったわい。良いかイグニ。じゃからこそ、ワシはお前に魔法を使わせんのじゃ』

『ど、どういうこと?』

『イグニ。お前は狙いすぎておる。これさえ使えれば、自分有利に事を運べると、目が語りすぎじゃ。逆に聞くがイグニ。それを狙っている魔術師に、お前はわざわざチャンスを与えるか?』


 イグニはルクスの言葉を理解して、ふるふると首を横に振った。


『そうじゃ。必殺技は。それが、強者じゃ』

『…………』


 ルクスの正論に黙るイグニ。


『じゃが……。そうじゃの。面白そうじゃし、魔法を使ってみろ。イグニ』

『……え? 良いの?』

『良い。強者は技を撃たせない。さらなる強者は、技を

『…………ッ!!』


 イグニはキレた。舐めるな、と思った。

 この歳で魔法にたどり着けた魔術師が一体どれだけいるんだ。


 世界を生み出せる俺の魔法は……最強なのだ。

 だから、魔法を使った。


装焔イグニッション完全燃焼フルバースト

『……2秒、と言ったところかの』


 そして、ルクスにぼっこぼこにされた。


 ――――――――――――


「……懐かしいな」


 その光景を思い出しながら、目の前にいるハウエルを見下ろした。強力な磁力がハウエルの目の前の砲弾にかけられている。


 ハウエルはきっとそれを撃ちだす。イグニめがけて、だ。


「……ハウエル。アンタは、たった1つ許されないことをした」

「…………」


 強力な磁力で荒れる世界の中で、彼がそれを聞いているのかどうかは分からない。

 けれど、言っておかないといけないのだ。


「アンタは、。だから、俺は許さない」


 そして、魔力を引き出した。


「『装焔イグニッション完全燃焼フルバースト』ッ!!」


 ごう、と魔力が渦巻いてそこに生み出されるのはたった1つの『小宇宙ファイアボール』。


 宇宙の始まりが小さな火球であるのならば、人としてたどり着ける究極地点にたった彼が使うにふさわしい魔法きせき


 第一の魔法。

創造の奇跡ビッグバン』。


「覚悟しろ、イグニ君ッ!!」

「そんなもの、とっくに終わってる」


 2年前のあの日に、覚悟は終わった。


「『極磁砲コイルガン』ッ!!」

「『止まれ』」


 絶対者イグニの声で、世界が静止する。

 それが、全ての答えであった。







『極点の炎魔術師』の没となった1話を限定近況ノートで公開しました

今とは全くの別物ですので興味ある方は是非ご覧ください。

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