第4-29話 呪いと魔法使い
イグニは息を吐き出す。
魔法を使えば一瞬で決着がつくだろう。
だが、それはハウエルの死という結果を伴って、だ。
ここでイグニがやるべきなのはハウエルの捕獲であり、殺害ではない。時間を止めて、数年ほど精神を加速させるもの良いが、それではハウエルが廃人になってしまう可能性もある。
100年などという無茶は、相手が“
普通の
「『
ハウエルの詠唱とともに、地面から全長20mはあろうかという巨大な槍が突出。イグニめがけて接近。彼はそれを全て『
そして、斜面に立ち尽くすハウエルめがけて絨毯爆撃を仕掛けた。
ズドドドドッ!!!
と、凄まじい轟音が響き渡って山が大きく削れる。ハウエルはその中心に立って、イグニの攻撃を『
しかし、それはイグニの『ファイアボール』を10個ほど止めたところで大きくへこみ、そして粉々に砕け散って防御の意味を成さなくなって、無数の『ファイアボール』がハウエルを叩きのめす。
「強いッ!」
ハウエルが笑いながら叫ぶ。
イグニの爆撃から逃げる様にハウエルは上空に移動。イグニは射線を上に移動させて、追撃の『ファイアボール』を撃ち続ける。だが、どれもこれも有効打に成りえない。
「……もう少し火力をあげるか」
イグニは一人呟くと、火力を高めた。
【地】属性は全属性の中でも、防御優位の属性だ。大地を使う属性だからこそ、どこであろうと地の利を最大に活かせる彼らの属性は、多くの魔術の威力を減衰させて必殺の一撃を、何でもないありふれた一撃にまで落とし込む。
「『
イグニは生み出した『ファイアボール』に魔力をねじ込めると、赤く燃え続けている炎が青く変色していく。イグニの魔力によって、温度が強制的に上がっているのだ。それは輻射熱でイグニの肌を焼くような温度でもあるが、彼の肌は火傷一つを負わない。
それが、魔術である。
「『
イグニの後方に生み出された128個の『ファイアボール』がハウエルめがけて飛んでいく。だが、自分の身体に磁力を纏わせて、大地との反発で宙をかけるハウエルを仕留めることができない。
「『
仕方がないので、イグニは『
数百メートルという制限は付くものの、ハウエルを追いかける追尾弾が放たれる。
ハウエルは、最初それを今までの『ファイアボール』と同じだと考え回避を取ったが、後ろからUターンする『ファイアボール』に気が付かずに背中に直撃。爆破。
「……ふははっ! 強いな! イグニ君!!」
そして、イグニは生み出した『ファイアボール』の中にある魔力を
それは、最速の『ファイアボール』。
何よりも速いルクスの強さに
「『
ギン、と込められた魔力によって白く光る『ファイアボール』が解放。
自らの祖父の名を冠するその一撃でもって、イグニは勝負を決めにかかった。
「『
魔力の熾りを見れないハウエルにとっては避けることのできない一撃。
じゅ、と嫌な音を立てて肉を焼く。
次いで放たれた2発目がハウエルの脚を貫く。
そして、最後の3発目がハウエルの肩を貫いた。
そして、ふらり……と、空中で姿勢を崩したハウエルが地面に落ちる。
だが、流石と言うべきか地面に落ちるよりも先にハウエルは磁力の反発を強めて威力を殺すと地面に倒れこんだ。
「……強いな、イグニ君」
「降伏しろ。アンタがやってることは褒められたことじゃないが、罰せられるようなことでもない。せいぜい、セッタさんに叱られて二度とこの鉱山の中に入れないくらいだろう」
「……ううむ。それが、困るのだよ。イグニ君」
「なぜ?」
「なぜ、とは不思議なことを聞くのだな。『人の澱み』が意思を持った貴重なサンプル体。王都の研究者たちが泣いて喜ぶ代物だ。それに、戦場での使い道はいくらでもあるではないか」
「…………」
「イグニ君、知っているか」
「何を?」
「『魔王領』は既に浸食をやめている」
「……ああ」
『魔王領』が浸食をしていた原因たるサラはロルモッド魔術学校の最奥で厳重に警備されている。だが、それは国家機密だ。
「だからな、数多くの国々が既に気が付いている。……次の敵は隣国だと」
『魔王領』の危機はとうに去った。これまで浸食される『魔王領』に警戒していた国々も、次第に警戒対象が『魔王』から周囲の国に変わっていくだろう。それが、人の摂理だ。
「見えず、倒せず、そして強い『呪い』の塊など……兵器として運用できるではないか!」
「無駄だ」
イグニは静かに吐き捨てた。
「そんなもの“極点”の前で何も役に立たない」
ルクスは瞬きする間に消し飛ばすだろう。
セリアは死なないが故に敵にならないだろう。
クララは結果を押し付けられるが故に音も立てずに殺すだろう。
アビスは無限に広がる2次元平面に追放するだろう。
フローリアは事象を消せるが故に赤子の存在が無かったことになるだろう。
それが、魔法使い。それが、“極点”。
この程度の障壁は、地面に転がる小石に他ならない。
「やってみなければ、分からぬだろう! イグニ君!!」
「いいや、やらなくても分かる。“極点”は、そういう連中だ」
だからこそ誰もが憧れ、恐怖する。
イグニは全ての“極点”と会ったことがあるわけではない。だが、魔法使いとしての彼がそっと
「あんたのやっていることは、意味のない研究だ」
だから、イグニははっきりとハウエルを見下ろしながら伝える。そこに一切の誇張は含まれていない。0を1に、1を0にする神の領域に足を踏み入れた怪物たちにこの程度の呪いは効かないのだ。
「だから、諦めて別の研究に……」
「いやはや、手厳しいな。イグニ君」
貫かれた膝をカバーするように立ち上がったハウエルの手元には、小さな何かが握られていた。
五感の鋭いイグニはすぐに気が付く。
それが、ハウエルの手元に収まるほど小さい赤子のミイラであることに。
「しかし、イグニ君。君は呪いを知らない。『蟲毒』とは生き残った者が、その他多くから吸い上げられた力を授けられるのだ。ならばこの数年間、赤子の中で『蟲毒』を繰り返していたこの赤子に、どれだけの力がこもっていると思う?」
「……何が、言いたい」
「『呪い』とは奥の深いように見えて簡単で、簡単に見えて奥の深いものだが……これは、簡単な部類だな」
そう言って、ハウエルは赤子のミイラを飲み込んだ。
「食べるという行為には強い呪いの意味が込められているのだ。イグニ君」
一言呟いたハウエルの身体の傷が凄まじい速度で修復されていく。
「さて、検証は既に済んでいる。まさか自分の身体で本番を迎えるとは思わなかったが……。まあ、それもありだろうな」
見る見るうちにハウエルの中に力が籠っていくのを見て、イグニは覚悟した。
「さて、イグニ君。これなら、“極点”にも立ち向かえるだろう!」
ハウエルは笑った。
イグニは、構えた。
「いいや。アンタはまだ、『魔法』を知らない」
「それもそうだろう。だが、思うのだ。“極点”と言えども、相手は人間。限りない力を持てば、魔法を使えずとも追いつけるのではないか、とな」
笑顔のハウエルにイグニはただ、ため息をつく。
「……それができれば、“極点”なんて呼ばれてねぇよ」
「ふうむ。イグニ君、君はまるで魔法使いを知ったように言うのだな」
「……ああ。そうだな」
イグニは静かにパスを確認。
もう彼女は眠っている頃合いだろう。
だから、短く謝罪する。
悪い。少しだけ、借りる。
こうなってしまっては、仕方ない。
「見せてやるよ。魔法を」
そして、高らかに宣言した。
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