第4-17話 鉱山と魔術師

『鉱山に行くときにはこの魔導具を持っていくと良いよ!』

『これは?』

『毒に反応して光る魔導具! これが光り始めたら引き返すこと!』


 そういうラニアから受け取ったランプのような魔導具を掲げて、イグニとエリーナは鉱山の中を歩いていた。


「……細いな」

「だな。多分、ここじゃ出てこないだろ」


 2人は坑道を歩きながら周囲を警戒。


「どうしてそう思うんだ?」

「大きさが3mもあるんだろ? この狭い通路じゃ通れないだろ」

「そ、それもそうだな」


 イグニたちはトロッコの線路の上を歩きながら、イグニの側に浮いている『ファイアボール』の灯りを頼りに前に進んでいく。イグニの『ファイアボール』の中でもエネルギー変換を光に極振りした『装焔イグニッション照明弾フレア』という派生技である。


「まずは構造を知らないと……。おっと、エリーナ。段差があるから気を付けろよ」

「ありがとう。でも、イグニ。そんなに私に気を使わなくても大丈夫だぞ?」

「そうか? でも女の子だからさ」

「……う、うむ。大丈夫だ。私は強いからな」


 少し顔を赤くして頷くエリーナ。だが、残念なことに光が足りずにイグニがその変化に気が付くことは無い。


 2人は虱潰しに鉱山の中を歩き回って、未探索のエリアをつぶしていく。


「……ここは、広いな」


 そう言ってイグニがつぶやいたのは、天井まで10mほど半径20mほどの半円になっている空間だった。


「大きな空洞だな」

「鉱夫たちが集まる場所……かな」


 エリーナがつぶやき、イグニが分析する。


 見たところトロッコの線路がいくつも走っており、その空洞に繋がるようにして細かい道がいくつも伸びていた。


「ここまでいったん降りて、ここからさらに深く掘っていくのか」


 珍しくイグニがまじめになっているのは他でもない。

 すぐ隣に女の子エリーナがいるからである。


「端から潰していくか。行こう、エリーナ」

「う、うん」


 だが、あまり返事に元気がないエリーナ。


「どうした?」

「い、いや。何でもない。その……暗いところがちょっと苦手なんだ」


 イグニはエリーナに手を伸ばした。


「大丈夫だよ。行こう」


 イグニは自分の隣にある『ファイアボール』の明るさを調節して、さらに煌めかせるとエリーナの手を取って奥へと進んでいく。


 エリーナは暗闇を怖がっている。

 そして、イグニはその手を握っている。


 つまり、これは絶好のチャンス。

 

 イグニはエリーナの手を優しく握りながら、昔のことを思い出していた。そう。それは今のように暗い暗い夜のこと……。



 ――――――――――――

『して、イグニよ』

『うわっ。急に声出さないでよ!』


 イグニは闇に隠れてモンスターを狩っている途中のことである。

 緊張で手がびっしょりだったので、服で拭いてた時に後ろに立っていたルクスがイグニに向かって喋りかけたのだ。


『聞け。大切なことじゃ』

『あ、逃げちゃった』


 狙っていたモンスターがイグニに気が付いて襲い掛かろうとした瞬間、その後ろに立っているルクスを見て一目散に離脱。


『さて、イグニよ。お前はいま、緊張しておったな』

『う、うん。してたけど……。それがどうしたの?』

『果たしてそれは本当に緊張じゃったか?』

『は?』


 いつも意味不明な祖父が今回はさらに意味不明だったので思わず聞きかえすイグニ。


『緊張してたに決まってるだろ! 何言ってるんだよ!!』

『緊張? 心臓が高鳴って、汗をかいておっただけじゃの』

『それが緊張だよ!』

『興奮と何が違う?』

『……はぃ?』


 マジで意味が分からないのでイグニは変な声を上げて首を傾げた。


『うむ。まぁ、聞け。イグニよ。体の反応と心の反応、が先かッ!』

『何言ってんの』

『人は緊張するから心臓が高鳴るのか! それとも、心臓が高鳴るから緊張するのか!! どっちじゃッ!!』

『どっちってそんなの……』


 イグニは少し考えて、


『どっちなんだろう……』

『そう! 普通の人間は考えもしない……ッ! じゃがイグニ……! それを知る大切な言葉がある……ッ!』

『た、大切な言葉……!?』

『うむ。それは……『吊り橋効果』じゃッ!!』

『つ、吊り橋効果……!!』


 イグニは聞き覚えのある単語に震えた。


『そう! モテの道を究める点においてこの話をするのももはや邪道……ッ! 余計なお世話じゃが、あえて語ろう……ッ!! 人は危機的状況にあると……それを興奮状態と勘違いする……ッ!!!』

『……ッ!?』

『つまり、人の考え方は身体の反応ありき……ッ! そう考えることもできるじゃろう……ッ!! お前は心臓が高鳴るからこそ緊張する……ッ!!』

『で、でも……。それって、そういう風に考えられるってだけなんじゃ……』

『ちゃんと話を最後まで聞けェッ!!』


 バチン!!!


『ぐ、ぐへぇ……』

『そう! お前の言う通りあくまでもこれは仮説……ッ! 『正しい』と分かったわけでは無い……! だが……! それでも、使える物を使わんでどうする……ッ!!』

『……っ!!』


 イグニはルクスの言葉に震えた。


『た、確かにじいちゃんの言う通りだよ……! 使えるものは……何でも使う……ッ! その通りだ……ッ!』

『そういうことじゃイグニ!! これを応用すれば、緊張は消えるッ!!』

『や、やって見るよ!!!』


 幼きイグニは簡単に載せられた。


 ――――――――――――


 確かにそれは可能性かも知れない……!

 あくまでもそれは仮説かも知れない……!!


 だが、イグニが……いや、イグニたちがそれを信じる限り……そこにはあるのだ……!


 浪漫ロマンが……ッ!


「大丈夫か? エリーナ」


 イグニの『ファイアボール』で坑道が照らされて、エリーナはイグニの後ろを歩く。


「う、うん。……大丈夫」


 エリーナはイグニの手をぎゅっと握り返して、坑道の奥へ奥へと進んでいく。


「なあ、エリーナ」

「うん? どうした??」

「あの絵を見た時に、何を思いついたんだ?」

「何を……とは?」

「赤ん坊みたいだって言っただろ? あのイラストを見て」

「あ、ああ。言ったな」


 イグニの後ろを遅れないように歩くエリーナは頷いた。


「あの後、何か考えてたからさ。何かあったのかなって」

「……いや、なに。昔どこかで聞いたことがあったんだ」


 エリーナがぽつりと呟く。


「人の澱みが集まると、まるで胎児のような形を作る……とな」

「そうなのか? 俺は人の澱みが集まったら、モンスターが生まれるって聞いたぞ?」

「うむ。そう聞いた事ある。だから、気のせいだと思ってな。あそこでは言わなかったのだ」


 刹那、坑道が激しく揺れた。


「きゃあっ!!」


 エリーナがこけそうになるのをイグニが引き寄せて、留める。


「……地震か?」

「……違うぞ。エリーナ」


 イグニの鼻に届くのは、2年前まで嫌というほど嗅いできた悪臭。

 そして、つい先日もアビスとの面談で鼻孔を焼いた臭い。


「……人の澱みだ。モンスターが出た」

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