第4-5話 勉強と魔術師

 昼休みにみんなで昼食を取っていると、エリーナがばん! と、机をたたいて起き上がった。


「イグニ! 困っていることはないか!!」

「こ、困っていること?」


 あまりにも急に聞かれるもんでイグニは困惑。


 悩みらしい悩みと言えば、『大会』で優勝したのにそんなにモテなかったことであるが、そんなことをエリーナに言ってもどうしようもないし。


「そうだ! 特に勉強で困っているところだ!」

「勉強で……。困ってるところだらけだが」

「よし。そういうことならちょうどいい。今日から私と勉強するぞ!」

「勉強?」


 確かに今日から試験開始の1週間前にはいるため、部活も生徒会もお休み。みんな勉強にいそしむわけだ。イグニは特別生としてペーパー試験の成績は進級に関与しないことになっているが、テストの点数が低いというのはカッコ悪い。


 かっこ悪い男は……モテないこともないが、モテ。ならば、人として確率の高い方に駒を進めたいと思うのは自然なことだろう。


 なのでイグニも今日から勉強に精を出そうとは思っていたが、


「つまりイグニ。私がお前に教えるから、お前はなんでも私に聞いてくれ。私はお前に教えることが私の学びになるのだ!」


 エリーナがやろうとしているのはアクティブラーニングというやつである。誰かから教わるよりも、誰かに教えた方が自分の力になりやすいというのは彼女の経験として知っていた。


「どうだイグニ! 私と一緒に勉強しないか?」

「ああ。確かにエリーナは頭が良いからな。一緒にやろうぜ」

「なんてったって次席だしね」

「うぐ……っ」


 と、言ったのはアリシア。

 次席と言った瞬間、エリーナの動きが止まった。


「ちょ、ちょいアリシア。気にしてるんだからあんまり本人の前でそういうことを言うのは……」

「良いじゃない別に。私褒めてるのよ?」


 小声でイグニが語り掛けるが、アリシアはどこ吹く風。これが噂の“かぜ”のアリシアか……と、イグニがつまらないことを考える。


「それに、なんで別クラスのイグニを誘うのよ。あんたのクラスの連中でも良いじゃない」

「う……。そ、それにはだな……。深いわけがあるんだ……」


 動きを取り戻したエリーナが意気消沈した顔でパンを手に取る。


「何よ。次席になったから、自分のクラスメイトには頼りづらくなったわけ?」

「……違う」


 ふるふるとエリーナが首を振る。


「私の親友は、イグニだけなんだ」


 そして、がっくりと肩を落とした。


 確かにイグニたちはエリーナと昼休みに時々会うくらいで、滅多に学校内で会うことはない。Cクラスとの合同授業では会うこともあるが、めったに喋りはしない。そもそもイグニ、ユーリ、アリシア、リリィ、そしてサラで固まっているところには中々絡みづらいというのもあるだろう。


 絡んでくるのはエドワードくらいだ。


「そ、そういうことだったのね。変なこと聞いたわ。ごめんなさい」


 同じ部活である“占い部”に所属しているアリシアがそっとエリーナに告げた。イグニはそれを見ながら、“占い部”の人数の多さを思い出す。生徒会の海合宿の時に占い部が気絶するという事件があったが、記憶に残っているだけで“占い部”には20人以上いた。


 それだけいれば、同じ部活でも話すだけで親友ではない、みたいな人は生まれるだろう。あとは流石に勉強を教えよてあげようと行くのは上からになってしまうし。


「良いんだ。気にしないでくれ……」


 言わせた本人であるアリシアが申し訳なさそうに謝る。エリーナも気にしないでくれと言って笑ってはいたが結構ダメージを食らっているようだった。


「な、なら。なおさら勉強を教えてくれ。エリーナ」


 流石にかわいそうに思えてきたイグニがエリーナに声をかける。

 

「今回のテスト不安なんだ」


 モテの作法その13。――“困った時はちゃんと相手を頼るべし”、だ。


「うむ。そういうことならぜひ私に任せてくれ!」


 エリーナはイグニの言葉で元気を取り戻すと、大きく立ち上がった。


「今回は私が首席。イグニが次席でワンツーフィニッシュを決めようじゃないか!!」

「おお! それ良いな!!」


 と、馬鹿イグニが乗り気になる。


「あの、それボクも参加していい? 分からない所があって」

「良いぞ! 大丈夫だ!」


 ユーリの参加をエリーナは快諾。どんと来いとばかりに胸を張った。


「アリシアたちも来ないか?」

「私はパス。自分でやった方が速いわ」

「私もパスします。イグニ様」


 と、イグニは誘ったのだがアリシアは渋い顔。

 イリスは両手を合わせて『ごめんなさい』と来た。


「リリィはどうする?」

「私も自分で勉強するほうが性に合ってるので」


 そう返されてしまえばイグニとしては何も言えない。結局3人で勉強することになったのだが、少しエリーナは不満そう。


「まだ人数欲しいか?」

「う、うむ。私がちゃんと全ての範囲を抑えられているか不安なのだ」

「なら、もう1人くらい誘ったら来そうなやつがいるが……。誘うか?」

「だ、誰だ!? ぜひともお願いしたいが」

「エドワードだ」


 そうイグニが言った瞬間、エリーナは露骨に残念そうな顔をした。


「……あいつは駄目だ」

「ど、どうして」

「貴族の息子の力は借りられない……。それに、向こうも私の力は借りないだろう……」


 なるほど、貴族のしがらみというやつか。

 ルクスが嫌い、イグニが知らず知らずのうちに抜け出していたものである。


 とか何とか話し合っていると、話の主がやってきた。


「わはは。元気にしてるか」

「ようエドワード。元気そうだな」

「ああ。僕はいつも元気だぞ」


 そう言ってエドワードはどや顔。

 いったいコイツは何しに来たんだろうか……と、考えているとエドワードはイグニの隣に腰掛けた。


「そろそろ夏休みに入るだろう。テストが終わったらみんなでご飯に行かないか?」


 どうやら食事の誘いに来たらしい。

 イグニはすぐに快諾した。


「ああ。良いぜ。行こう」

「良いわね。それ」


 アリシアも好意的に受け取った。それに続いて、みんなから好意的な意見をもらえたことでエドワードは満足そうな顔を浮かべると、


「アウライトも来るか?」


 と、エリーナのことを家名で呼びながら食事に誘った。エリーナは聞かれた瞬間、固まってしまいイグニを見てエドワードを見て再びイグニを見た。


「友達が増えるかも知れないぞ?」


 と、言ったのはイグニ。


「じゃあ行く!」

「分かった。店を予約しておこう」


 エドワードは用件が済んだからか、取り巻きの方に戻っていく。


 貴族の力は借りないんじゃなかったの……? 


 というツッコミを自分から誘った手前、イグニは心の中にしまい込んだ。

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