第3-14話 約束と魔術師
『惚れ薬』という薬がある。
名前の通り、薬に製作者の身体の一部……髪の毛や爪などを入れることによって、飲ませた相手を製作者に惚れさせる薬である。
だが相対するように『解毒薬』という薬もある。
ほぼすべての毒に対して解毒の効果を発動する『古の魔術』による産物であるが、今ではほとんど使われていない。
何しろ【生】属性の初級魔術に『
しかし、イグニは【生】属性の適性がFどころか『none』。使うことができない。なので、持っていた『解毒薬』をアリシアに飲ませたのだ。
通常であれば、その解毒薬に意味はない。
何しろ薬を飲んだのはアリシアではなく、イグニだからだ。
だが、イグニは知らない。
性質を反転させるという特殊な『苔』を使って反転した『惚れ薬』の効果は、製作者
そして、薬の効果が製作者に出るが故に……『解毒薬』を飲むのは製作者の方であることなどは知らなかった。
知らないが、アリシアが自分に惚れていると『惚れ薬』の効果で気が付いた彼は、アリシアが薬を飲んでいるのだろうと勘違いして……その結果、正解を一発で引き当てた。
「……ん?」
アリシアは少しだけ自分のイグニに対する気持ちが落ち着いていることに気が付いて……。
(キスがバレそうになったからかしら……?)
と、薬の効果が反転していることなど微塵も気が付かずに、そんなことを考えた。
――――――――――
「みんなぁ、元気かしらぁ」
数日ぶりに顔を見せたエレノア先生は、これ以上にない笑顔だった……が、対する生徒たちはそうもいかない。
顔色が良いのはイグニたちを含めた数班で……他のクラスメイトたちの顔色はすこぶる悪かった。あと、エドワードの取り巻きたちも。
「ボクたち、結構良い場所取れたみたいだね」
「だな。クエストも何個か達成できたし……当たりだったな」
イグニは特別生……即ち、座学の成績は加味されないのだが、裏を返せば実技の成績は加味される。ここで1つ、良い点を取っておきたかったイグニとしても満足のいく結果だった。
「じゃあ、帰るからぁ。みんなは馬車に乗りこんでぇ」
エレノアの指示通り、複数台用意された6人乗りの馬車にイグニたちが乗り込んで……。
ドン、とイグニの隣にリリィが座った。
「ど、どした? そんなに激しい座り方して」
「別に……何でもないです」
それが独占欲から来ているものだと……イグニはおろか、リリィにも気が付いていなかった。
「イグニ様! 隣良いですか!?」
「あ、ああ。別に良いけど……」
と、こうしてイグニはリリィとイリスに挟まれるような形で馬車に乗ると……馬車が動き始めた。ちなみにサラはイグニの膝の上に座った。
そうして、馬車が動き出すや否や……慣性の力でイグニたちの身体が押し出され、前方にいたリリィがこれ見よがしにくっついた。
「…………んん!?」
(お、おお!!?)
イグニは柔らかい女の子の身体に感動。
隣でイリスがとんでもない目をしていることには気が付かない。
「明日から3日間休みだね! イグニは予定ある?」
「予定かぁ。特にないかな」
合宿で使った3日分は、その分追加で休みになる。
つまり、イグニたちはこれから休日も合わせて5連休だった。
「じゃあさ! この間見つけたケーキ屋さんいかない!?」
「ケーキ屋……。そういえば前にユーリが言ってたな」
前に、というのは入学式の日にである。
あれから色々と重なって、イグニはユーリと出かけていなかった。
「良いよ。明日行こうか」
「イグニ様! それ私も行きたいです!」
「ケーキね。しばらく食べてないし、私も行っていい?」
「うん、みんなで行けばきっと楽しいよ!」
ユーリは相変わらずの微笑み。可愛いなぁ。クソ。
「リリィさんは?」
「私は……良いです」
と、ちょっとリリィは暗めの顔。
大丈夫だろうか?
しかし、そこからのハブられているエドワードがちらっとこちらを見て来たので、イグニは気を利かせてエドワードに話を振る。
「どうする? エドワードも行くか?」
「いや……。僕はこの5日間は家族で別荘に行くんだ!」
「べ、別荘……」
そういえばエドワードは貴族だった。
貴族なら全員が別荘を持っているかというと、そうではないのだがエドワードは取り巻きもいるし、裕福な家庭なのだろう。
「ああ。家族団らんのひと時なんだ。せっかく誘ってくれたのに悪いな」
「いや。大事にできる家族があるなら、大切にしておくべきだぞ」
イグニは友人にらしくもないアドバイスをした。
彼の肉親は、祖父だけだから。
そうして、馬車はしばらく進むが合宿場所が王都の端にあるということもあって、馬車は何度か休憩を挟む。
イグニたちが止まったのも、そうした休憩場所の1つで……立派な宿泊街の1つだった。
とは言っても、そこで一泊するわけでは無い。
単に馬に水を飲ませたり、生徒たちがトイレに用を足すくらいだ。
滞在時間もそう長くは無く、用事の無いものは馬車の中に待機する。
「俺ちょっと出てくるわ」
「あ、わ、私も行きます!」
今回、馬車から出たのはイグニとリリィの2人だけだった。
「あ、あの! イグニ!!」
「ん? どした?」
リリィは馬車から十分離れたところで、イグニに呼びかけた。
かなりトイレに行きたいイグニだが、女の子から呼びかけられたものを無視して先に行くほどではなかった。
「あ、あの……。その……」
顔を真っ赤にしながらリリィが、しどろもどろに言葉を紡ぐ。
「良いよ、落ち着いて」
イグニはそう言ってリリィを落ち着かせると、リリィは大きく深呼吸して、
「あ、明後日は空いてますか!?」
と、聞いてきた。
「明後日? 空いてるよ」
「あ、えっと……。その……」
リリィはイグニからの返答に戸惑いながらも、一生懸命想いをぶつけた。
「王都を案内して欲しいです!」
と、言った。
(お、デートか?)
と、ポンコツイグニはいつものように考えるが、今回に限ってはそれも正解で、
「良いよ。明後日ね。寮まで迎えに行けば良い?」
「あ、その……。噴水の前が、良いです」
「噴水って……。ああ、あの大通りの?」
イグニが尋ねるとリリィは顔を真っ赤にして、こくりとうなずいた。
(大通りの噴水の前って……恋人たちの待ち合わせ場所じゃん!?)
イグニのテンションが最高潮に達する。
達するが、彼の尿意も同じくして最高潮に達した。
「じゃ、じゃあ。明後日の朝に噴水前で待ち合わせだな」
「は、はい! 朝の鐘が鳴るときに!」
リリィはそれだけ言うと、馬車に帰ってしまった。
「と、トイレ……」
イグニはあふれ出しそうな尿意を抑えて、トイレに向かう途中でふと気が付いた。
(……あれ? ちゃんとしたデートってこれが初めて……?)
前回のデートはクララに潰されたが、今回のデートはガチのガチ。
イグニは今にも決壊しそうな尿意と戦いながら、デートプランを頭の中で練り始めた。
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