第3-07話 守る者、狙う者

 アリシアとミラがいると怯え続けるので、とりあえず2人は外してもらってイグニは少女と2人きりになった。


「…………」


 だが、それから少女は何も言わない。


 イグニの服を掴んで、ずっと黙り込んだままだ。


「名前は?」


 だから、イグニはしゃがみこんで少女と視線を合わせると、名前を尋ねてほほ笑んだ。


「な……まえ?」


 イグニの言ったことを繰り返す少女。


「そう。名前」

「?」


 駄目だ。伝わらない。


 イグニは自分を指さして、


「イグニ」


 と、言った。


「イグニ?」

「そう。イグニ」

「イグニ……!」


 少女はイグニを指さす。

 イグニはそれに頷く。


 すると少女は自分を指さして、


「サラ」


 と……言った。


(この娘の名前か!)


 秒で意図を理解するイグニ。

 女の子のことになると頭の回転が異常に早くなる男である。


「サラ。良い名前だね」


 サラは長い髪の毛を揺らすようにこくりとうなずいた。


(サラ……。聞いたことの無い名前だ)


 しかしイグニはばっちり脳内に名前を刻み付けると、


「イグニ君。大丈夫かしらぁ」


 聞き覚えのある声が部屋の中に響いた。


「エレノア先生!」


 どうやらミラもアリシアも近づけないので代わりにエレノアが来たらしい。

 サラはエレノアに驚いてビクリと身体を動かすと、イグニの後ろに隠れた。


「この娘が『魔王領』にいた娘ねぇ。すごい魔力だわ」

「サラって名前です」

「あら。もうそんなに仲良くなったの。良いわねぇ」


 エレノアがほほ笑む。


 サラはエレノアの毒の無さに安心したのか、チラリとイグニの後ろから顔をのぞかせた。


「随分と懐かれたみたいねぇ」

「嬉しいことですよ」

「良いことだわぁ」


 エレノアはサラに近づこうとするが、イグニの後ろに隠れたまま。


「随分と人見知りみたいねぇ」

「ですねぇ」

「んー。このままイグニ君にずっとここに居てもらうわけにはいかないしぃ……。困ったわねぇ」

「それならアリシアが何とかしてくれるみたいです」

「?」


 エレノアが首をかしげたのでイグニは続けた。


「『魔王領』の魔力を封じ込める魔導具があるんですけど、あれをこの娘が持ち運べる形にして持ってきてくれるって言ってました。それまでの辛抱です」

「帝国からぁ? アリシアちゃん、微妙な立場なのに大丈夫かしらぁ」

「そ、そこら辺は上手くやると言ってましたけど」


 アリシアは、『魔王領』の浸食を止めるという目的があって研究部に魔導具を作らせたわけだ。さらにそこから改良してくれと行くのはどうなんだろうか? 実際に『魔王城』から原因となる少女を連れて来たのでアリシアの株は結構上がっている気がする。


 と、イグニは考えたのだが、上がったアリシアの株は結構どころではない。


 人類が100年以上苦しめられてきた『魔王領』の浸食が無くなったのである。この時のイグニは知らぬことだが、数日後それに気が付いた世界各国から大ニュースとして発表されイグニたちが歴史の教科書に載るのだが……それはまた別の話。


「ええっとね、イグニ君。大事なことなんだけどぉ」

「はい」

「ロルモッド魔術学校は、その娘を保護し……監視下に置くことに決めたのぉ。それでね、監督官は私がやってぇ……。その下に、イグニ君が入ることになったわぁ」

「監視下……ですか」


 イグニの言葉に、焦ったようにエレノアが首を振った。


「ううん。あのね、厳しい意味じゃなくってね。監視ってのは……その娘を守るための監視なのぉ」

「守るための……」


 イグニがぽつりとつぶやく。次の瞬間、女の子に関わることなら異常な思考力を発揮する男は答えをはじき出した。


「サラが誘拐されたら、兵器として使われるかもしれないから……ですね。サラはいるだけで周囲を浸食する魔力を持っているから、この娘を都市に放置するだけで簡単に街を壊滅できる」

「うん。流石だわぁ。イグニ君。花丸あげちゃう」


 パチパチと気の抜けた拍手をするエレノア。


「“極点”からアリシアちゃんを守ったイグニ君ならぁ。その娘も守れるかなって、私とミラ先生の間で意見がまとまってぇ」

「なるほど。それで、俺ですか」

「そうなのぉ」

「……俺は何をすれば?」

「この娘が何であれ……子供なら、自由にさせてあげるべきってのが教員たちの総意でねぇ。アリシアちゃんの話が本当なら、それをつけて自由に生活させてあげたいの」

「せ、先生……!」


 イグニはロルモッド魔術学校の教員たちが良い人たち過ぎて涙が出そうになった。


 それに比べて自分の父親ときたら……!!


「だからねぇ、イグニ君にはねぇ。学校の監視下から外れるまで……守ってあげて欲しいのぉ。あっ、先生が責任者だからぁ。いつでも頼って良いからね」

「はい! お任せください!!」


 イグニの張りきった声に、


「…………」


 サラが心配そうに見つめてきたから、


「大丈夫だよ」


 イグニはそう言って、ほほ笑んだ。


 ――――――――――


 東の果ての果て。


 そこには侍と忍者の島国がある。だが、先日……とあるによって島は3つ無くなり海の藻屑もくずと化した。


 そして、その島の側を流れる海流によって移動している男が1人いる。


「ルクスの野郎……。随分とやってくれたじゃねえか」


 男の名前はアビス。“深淵”のアビス。

 魔術の最奥を覗いた男である。


「おかげさまでこちとら満足に動けねぇ……。最強の単騎ソロは伊達じゃねェなァ……」


 彼が乗っている海流は、『魔王領』へと流れゆく海流である。


 “極点”である彼ならば、『魔王領』など怖くない。

 ひとまずそこに逃げ込んで、体勢を立て直そうと目録んだわけだ。


「眷属1025体と……分身体ドッペルゲンガー67体の損失はデカすぎるし……。クソ、絶対に許さねぇからな……」


 洋上を漂いながらルクスへの恨みを吐き出し続けるアビス。


 同じ“極点”と言えども、単独で最高火力を有するルクス相手に探究者である彼は戦えない。


「まァ、いまは良い。天使さえ堕とせれば俺の勝ちチェックメイトだ」


 ぶつぶつと、狂ったようにつぶやき続けるアビスの身体が『魔王領』に近づいてきて……。


「あン?」


 違和感に、気が付いた。


「……魔力が薄い。浸食してねェな」


 彼は大気成分を分析しながら、答えにたどり着く。


「誰かが『遺体』を手に入れたな……? どこだ。どこの馬鹿だ?」


 そういうアビスの顔には笑みが張り付いたまま、


「アンテム王国か、エスメラルダ帝国か。エルフたちの『アリリメニア』か? ダークホースでドワーフたちでも面白ェ。ヒヒッ。どこを相手に取っても楽しいだろうなァ」


 アビスが推測する『遺体』を回収した国は4ヵ国のいずれか。


 “極点”を2名保有する最強の国、アンテム王国。

 目下勢力を拡大し続けているエスメラルダ帝国。

 “極点”を中心に最高の魔術師たちで構成されるエルフの国『アリリメニア』。

 もしくは人工的に『魔王』を再現しようとするドワーフの国『バルドル機鋼国』か。


「いっそのこと、全部に天使を堕としてもいい」


 優れた力を持つ者は、人を惹きつける。


 それぞれの“極点”たちに熱狂的なファンがいるように、

 ルクスが“強い男がモテる”と言ったように。


 強さは人を狂わせる。


「あァ――。見てろよ、馬鹿ども」


 ならばこそ、彼は魅せられた。


「次代の『魔王』は――俺だ」


 『魔王』の強さに、魅せられたのだ。

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