第2-5話 嵐の前の静けさ!

『俺ツンデレ嫌い!』

『ふうむ? なぜじゃ??』


 あれは『魔王領』の中で滝を使った訓練をしている時だった。


『だってわかんないじゃん! 俺のことが好きかどうか』

『ふむ。ふむふむ』


 ルクスは考え込んで、


 バチン!!!


『ええ!? だってじいちゃんだってそうだろ!?』

『一緒にするなァ!!!』

『……な、なんだよ! だってツンデレだよ!? 最初はツンツンしてんだよ!? 怖いじゃん!!』

『馬鹿たれッ!! それが、良いのじゃ……っ!!』

『そ、それが……良い? 何を言ってるんだよ。じいちゃん! ついにボケちゃったの!?』

『ボケておらん!! イグニ! お前の好みは分かってる……ッ! お前は『楽』がしたいだけじゃっ!』

『……っ!?』

『その顔は図星、といったところじゃの。イグニ、お前の悪いところは『楽』をしようとしているところにある』

『……ら、楽を…………』

『そうじゃ! 最初からモテている状態が良いじゃと!? 最初からデレてる方がよいじゃと!!? 『モテ』を舐めるなァッ!!!』

『じ、じいちゃん……!!』

『最初はツンツンしている……! こっちへの好意など分からない……ッ! じゃが、それが……良い!!』

『そ、それが……』

『そうじゃっ! その落差ギャップ……ッ! 人はギャップに惹かれる……!!』

『うん……っ!?』

『悪いやつが猫を救っているの見た時に、『実はいい人なんじゃ?』と人なら誰しも考える……!! それが、ツンデレにも当てはまる……ッ!!』

『……っ!』

『イグニよ。想像しろ……! 最初はお前のこと嫌っておる……! 喧嘩もしょっちゅう……!! じゃが、ある日ちょっと片鱗を魅せるやさしさ……!!』

『……あ、ああ!!』


 イグニは震えた。


『分かるか、イグニ……!!』

『わ、分かったよ……!! じいちゃん……!! 俺にも……! ツンデレの良さが……っ!!』


 ―――――――――


(俺にも時代が来たってことか)


 訳の分からないことを考えて、イグニはリリィを見た。


 空高くあがった太陽が一行を照らしている。

 野営地を出発してから、すでに数時間経っていた。


「何ですか? こっち見ないでください」

「こらこら、リリィ。ダメだよ。もっと仲良くしないと」

「ふん!」


 リリィがそっぽを向く。


 だがイグニはそれを寛容かんような面持ちで見送った。


 そう! リリィはツンデレである!!

 これがツンなのだ!!


 ……そう思わないとやってられない。


 というのもリリィはルーラが起きるなり、急にツンツンし始めたのである。悲しい。


「イリス」

「どうしたんです? イグニさま」

「最初はツンツンしてるんだけどさ」

「はい」

「急に優しくなる男ってどう思う?」

「んー。私はちょっと怖いです!」


 なるほど、2年前の俺と同じか。


 イグニは心の中でため息をついた。


 やれやれ、イリスもまだまだ――。


「だって、ほら。なんだかエドワードみたいじゃないですか?」

「僕を呼んだか?」

「呼んでないわよ」


 ………………うん???


「ちょっ、イリス。さっきなんて言った……??」

「え? なんだかエドワードみたいだなって」

「………………」

「ど、どうしたんです!? イグニさま! 顔真っ青ですよ!?」

「ぼ、僕は何もしてないぞ!!」


 ……おい。

 ……おいおい。


 おいおいおい……っ!!


「エドワード」

「な、何だよ。イグニ!」

「無理、しなくていいんだからな」

「どういうことだよ!!」


 男のツンデレかぁ……。

 そっかぁ……男かぁ……。


 …………………。


 ………………………。


 男かぁ……。

 なんで男ばっかなんだろうなぁ……。


 頭の中には白髪の少年が浮かんでいる。


 イグニの思考は闇に落ちた。

 いつも通りである。


「おっと、馬車を止めてくれ」


 ルーラが御者にそう言って、馬車を止めさせた。

 イグニとリリィも時を同じくして、それに気が付いている。


 故に、2人の目があった。


「王都からだいぶ離れたからね。そろそろだと思っていたよ」


 ルーラが肩をすくめる。


「どうします? イグニさま。もう魔術を使いますか?」

「待てイリス。それじゃ殺してしまうかもしれない」


 イグニとイリスの会話から1つ遅れて、道に武装した男たちが現れた。


「金目のものを置いていけば命だけは取らねえぜっ!」

「へへっ。死にたくなけりゃ、荷物を置いていきなっ!!」


 盗賊、である。


「イグニくん。ここ誰の領地?」

「ここまで遠く離れれば王家は関係ないですからね。誰かはわかんないです」


 道を歩けば盗賊にあたる、というほど治安が悪い国ではないが王国の中でも盗賊はいることにはいる。


 中には領主とつるんで旅人から金をとっている……なんていう話もあるくらいだ。


「2、3……5人か」


 イグニは魔力のおこりを見て、人数を把握。


「話聞いてんのか!?」

「イリス。もうやっていいよ」

「はいっ! 『大地は歪んでテツラ・デフォート』!!」


 どろり、と盗賊たちの地面がと、ぼちゃん。と音を立てて盗賊たちの下半身が地面に埋まった。


「これで良いですか?」

「ああ。よくやった。イリス!」

「やった! イグニさまに初めて褒められました!!」


 くっそ重たいことを言って喜ぶイリス。

 イグニとしても扱いを慎重にせざるを得ない。


「じゃ、行くか」

「そうだね」


 イグニとルーラはそれだけ言うと、馬車を進めた。


「ちょい待って!! 助けて!!」

「このままにしないで!!」

「死ぬ!! この辺りはオークが出るんだ!!」


 しかし構わず馬車は進む。


「30分もすれば出れるようになるわよ」


 イリスがそれだけ呟いて、一行は盗賊たちを後にした。



 ―――――――――


 パチパチと、枝が燃える音がする。


「何で2夜連続あなたと一緒なんですか!」

「声がでかいって、リリィ。みんなが起きるぞ」


 そう、今日の夜の見張りもリリィとイグニが一緒なのである。


 昨日のイリスと変わってエドワードが今日はお休みだ。


「しかもなんであなたはさらっと私を呼び捨てにしてるんですか!!」

「あ、本当だ。悪かったよ」

「べ、別に良いですけど……!」


 ……およ?


「なんで盗賊が出た時に私の方を見たんですか?」

「……なんとなく?」


 イグニからすると、本当になんとなくだったのだが、


「まあ、別に言いたくないなら言わなくてもいいです」


 そういってリリィはそっぽを向いた。

 その顔が少し赤い気がするが、イグニにはそれが焚火のせいに見えた。


 ……およよよ??


「……ね。イグニ」

「う、うん!?」


 初めて名前を呼ばれたことにイグニはビックリして、声が裏返った。


「ちょっとそっちに行っていい?」

「……うん?」

「ち、違うの!! 昨日のあれが」

「あ、ああ……」


 昨日のあれとはアブダクターオウルのことだろう。


「別に良いよ」

「ありがと」


 ちょっとだけ声が跳ねるリリィ。


 そんな2人のやり取りを、耳をすませてルーラが聞いていた。


 それに気が付かず、イグニは心の中でガッツポーズをした。


 ―――――――――

「あらぁ。アリシアちゃん、学校休んじゃうのぉ?」

「はい……。すみません、に呼ばれまして」


 アリシアは『相談室』なる場所でエレノアを前にしていた。


「良いのぉ? だって、お姉さんは……」

「……良いんです。やらないといけないことが出来ましたから」

「そっかぁ。だし、一応『指名クエスト』ってことになるからぁ。公欠にしておくねぇ」

「ありがとうございます」


 頭を下げるアリシア。


「それにしても変なクエストねぇ。アリシアちゃんに公国へ来るよう言うなんて。公国で何かイベントがあるわけじゃないものねぇ」


 頬に手をあて、考え込むエレノア。


「そうですね。私にも分かりません」


 アリシアの表情は硬い。

 それも全てはエレノアに作戦を知られないようにするため。


 先日、アリシアの元へ1枚の手紙が届いた。

 帝国軍の暗号で記されたそれは【聖女争奪作戦】の概要。


 そこには諜報部が掴んだ聖女の動向と、共に彼女の人間関係について記してあり、アリシアはその中に記された1行を見るなり、すぐに動いた。


 【婚約者:イグニ・タルコイズ】 

 追記:イグニ・タルコイズはタルコイズ家から追放されているため、現在家名を名乗っていない。また聖女ローズは婚約者を目当てに移動しているものと推測される。


「……本当に、なんで呼び出されるんですかね?」


 アリシアはエレノアにほほ笑む。


 アリシアは作戦遂行に関する補助要員、絶対に必要というわけではない。わけではないが、邪魔者は排除せねばならない……!


 鉄仮面のアリシアは、健在である……っ!!

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