第2-3話 噂と魔術師

「やあ、よく来てくれたね。イグニくん!」

「どうも」


 馬車にのって移動すること5時間。

 王都から遠く離れた森の中でイグニはエルフたちと出会った。


「私はルーラ。護送隊の隊長なんだ。まあ2人しかいないけどね」


 ルーラはそういってほほ笑む。

 森の中に溶け込むようなきれいな緑の髪をした女の人だった。


「よろしくお願いします」


 イグニは頭を下げる。

 

「大会で君の戦いを見ていたんだ! 私は感動しちゃったよ!!」

「ありがとうございます」


 イグニは笑顔でほほ笑む。

 心の中は全力でガッツポーズである。


「『ファイアボール』だけで、あんなにすごいことが出来るんだね!」

「努力の賜物たまものですよ」

「すごいよ! 人間の魔術で感動したのは初めてだよ!!」

「本当ですか!?」


 初めて、という言葉に惹かれるイグニ。

 男の子である。


「本当だよ! 王国を抜けるまでだけど、よろしくね!」

「はい。よろしくお願いします」

「あの……私たちは何をしたらいいんでしょうか?」


 イグニの後ろに隠れながらイリスが尋ねる。


「うん! 良い質問だね! 君たちはこの馬車を守ってほしいんだ!」


 馬車、というのは先ほどからずっとイグニたちの隣にある馬車だ。

 荷物を運ぶようではなく、どちらかというと貴族が乗っているような装飾が施された馬車である。


「分かりました。お任せください」


 イグニはそう言ってルーラに握手を求めた。

 ルーラも笑顔で握手に応じる。


「ルーラ隊長。本当に人間の力を借りるんですか?」


 しかし、握手をしているとルーラの後ろから声をかけられた。


「何を言っているんだ。もう決まったことじゃないか! それに君もイグニ君のすごい魔術を見ただろう?」

「見ましたけど、『ファイアボール』使って無いじゃないですか!」


 どうにももう一人のエルフから苦情が上がったらしい。

 ルーラは肩をすくめた。


「『ファイアボール』で大規模魔術を破る魔術師なんて聞いたことあるかい?」

「それは……」

「そういうわけだよ! それに公国に行くまでの間だけなんだから。それまでは仲良くしておくれよ。リリィ」


 リリィと呼ばれた少女をイグニが見つめると「ふん」といってそっぽを向いてしまった。


(ツンデレかな?)


 イグニは能天気でもあった。


「じゃ、さっそく出発しよっか!」


 ルーラの言葉で馬車が進み始めた。


 ルーラとリリィの2人きりのパーティーにイグニ達が加わって、いざ出発である。


 ―――――――――

「え、イグニ君って本当に『ファイアボール』しか使えないの!?」

「はい、生まれつきですね。適性が低くって……」

「へー! まるで『術式極化型スペル・ワン』みたいだ!」


 その瞬間、イグニの思考に電撃が走った。


 ……こいつ、分かってる…………っ!!


「俺、『術式極化型スペル・ワン』ですよ!?」


 イグニが食い気味に口を開くと、


「本当かい!? それは凄い!! あの『ファイアボール』にも納得だ!!」

「なんの話ですか? イグニさま」


 街道を歩きながら話していると、疑問に思ったのかイリスが話に入ってきた。

 

 馬車の中からガチャガチャと音がして少し音が聞き取りづらいのでイグニは少し声を張り上げてイリスに答えた。


「俺の適性の話だよ」

「凄い! 本当に実在したんだな!! 『術式極化型スペル・ワン』がっ!」

「……有名なんです?」


 イグニはルーラに尋ねる。


 『術式極化型スペル・ワン』、という単語をルクス以外から聞いたことの無いイグニはルーラが『術式極化型スペル・ワン』を知っていることが嬉しい反面、ちょっと残念な気持ちもあった。


 この男、ドヤりたかったのである。


「うーん。あんまり有名じゃないかな。でも、あくまでも噂でね。最初の“極点”は『術式極化型スペル・ワン』だったらしいよ? まあ、本当かどうかは分からないけど」

「最初の“極点”って『勇者』様ですか?」


 イグニが尋ねる。


 『勇者』は90年前に死んだ。

 魔王を倒した後人類復興のために力を尽くし、子供と孫に囲まれながらの大往生だったと言う。


 彼は最悪の厄災とよばれた魔王を倒すときに、人類で初めて魔法を使ったと言われている。


 故に、最初の“極点”なのだ。


「そそ! あくまでも噂だけどね!!」

「え、でも勇者さまって全部の魔術に適性がある天才ですよね?」

「物語ではそう言われてるね。だからあくまでも噂なのさ」


 イグニの問いかけにルーラが笑う。

 なるほど。あくまでも噂なのだろう。


 ……噂か。


 ―――――――――


『じいちゃん!』

『なんじゃ』

『じいちゃんがウチを追放された理由が大貴族の娘5人同時に手を出して、面倒くさくなったから父上に丸投げしたって噂は本当なの!?』

『誰から聞いたんじゃ、それ』

『家にいた時に使用人の人たちがしゃべってた!!』

『イグニよ。これから話すことは大事なことじゃから良く聞くのじゃ』

『なに?』

『男は自分が手を出したことは全部自分の手で片づけるべきじゃ。他人の手を借りることはあっても、投げ出してはならん』

『なるほど……!』

『じゃから、当然。自分の手で片づけた』

『じゃ、じゃあ……!』

『貴族の娘5人同時に手を出したのは本当じゃ』

『す、すげぇ……』

『この間見せた“修羅場”の時の傷跡はその時に出来たやつじゃな』

『何やってんの……じいちゃん…………』


 ―――――――――


 噂なんて適当なものである。うん。


「噂といえばイグニ様も凄い噂になってますよ!」

「どんな噂だい?? 私にも教えてよ」


 イグニよりもイグニの噂に興味深々なルーラ。

 

「えっとですね。色んな噂がありますよ! 例えば、イグニさまが貴族の息子で私が従者だとか! イグニさまと私が付き合ってるんじゃないかとか! イグニさまは女の子に様付けして呼ばせて喜んでいるとか」


 え、そんな噂が立ってんの??

 だから女の子が俺のところに来なかったの???


「あと他にはアリシアと付き合ってるとか、エルミーと付き合ってるとか、エレーナと付き合ってるとか!! 絶対にありえませんよね!!」

「その噂が流れるたびにエドワードが怒ってるんですよ!」

「え、そうなの!? エドワード!!?」


 思ってもいなかったタイミングで白羽の矢が立ったエドワードは困惑しながら答えた。


「あ、ああ。僕はイリスがイグニに好きでくっついていることを知っているし、イグニが女の子に様付けさせて喜んでいないことを知っているからな。知り合いが好き勝手言われていい気持ちはしないだろう。……って、別にお前のためにやってるわけじゃないぞ!! そうしないと貴族の流儀に反するからだ!!!」

「ありがとな。エドワード」

「ふん!!」


 エドワードは鼻を鳴らして、イグニを威嚇。

 

 相変わらずの男である。


 がちゃり、と馬車からの音がエドワードの鼻息に合わせて鳴った。

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