第2章

第2-1話 モテの求道者

「どしたのイグニ? そんなぼーっとして」

「……ん」


 激戦の戦いを潜り抜けた翌日。

 イグニたちは普通に学校に通っていた。


 例えイグニたちにとって前日が激動の日といえども、“極点”と戦った後といえども、日常は続くのである。


「大丈夫? 魔力切れじゃない?」

「いや、大丈夫だ。本当に何でもない」


 この男、嘘つきである。


 何でもない、などと言って頭の中は昨日の夜にあったアリシアとのアレを思い出している。思い出して『柔らかかったなぁ』……。と、イグニらしい思考におぼれている。


 溺れながら、頭の中では常に別のことを考えていた。


 即ち、『アリシアって俺のこと好きなんじゃね?』……という仮説である。


 しかし、そんなことをユーリに言ってもいい物だろうか?

 否ッ! 断じて否ッ!!


 そんなことが出来るはずがない……っ!


「イグニ様! おはようございます!」

「おはよう、イリス。元気だったか?」

「はい! イグニ様は昨日良く寝れましたか?」

「ああ。よ」


 わざわざ“極点”と戦ってました……などという必要は無いし、言ってもそう信じてくれないだろう。


 いや、イリスなら信じてくれるかな?

 信じてくれそうだな。


「そんなことよりビックリなことがあるんですよ!」

「ビックリなこと?」


 イリスの大きなリアクションにイグニは首をかしげた。


「はい! あのアリシアが寮住まいになったんですよ!!」

「何? 私が寮に住んだらダメだっていうの?」


 相変わらず箒に腰掛けて、アリシアがほほ笑む。

 昨日あんなことがあったとは思えないほど元気だ。


「いや、別に良いんじゃないか? これなら4人で登校も出来るし」

「イグニ! 冴えてるね!!」


 ユーリからのお褒めの言葉をいただいた。

 イグニたちは雑談を繰り広げながら、学校に向かう。


「聞いてくださいよ。イグニさま! ウチの親が昨日の大会終わってすぐに手紙送って来たんですよ!? イグニさまに会えないかって!」

「イリスはなんて返したんだ?」

「結果だけしか見てないなんて最低だって書きました! だってイグニさまに助けられたってことを手紙に書いて送ったときには何もなかったんですよ!? おかしくないですか!!」

「んー……。まあ」

「だから私はパパが嫌いなんです!」


 むーっとふくれっ面をするイリス。可愛い。

 可愛いのだが、イグニの頭の中はそれどころではない…………っ!!


 イグニの頭の中は、イグニの後ろにいる箒に乗っている魔女にしか向いていない……ッ!


「昨日は大丈夫だった? アリシアさん」

「心配してくれてありがと。姉さんから謝罪とイグニに会いたいから伝えておいてくれって手紙が今朝届いてたわ」

「伝えるの?」

「いやよ」


 ……なんかすごい会話してるな。

 しかし、アリシアのお姉さんといえば“生の極点”だ。

 会いたい、などと言われるようなことをしただろうかと首をかしげるイグニ。


 ……もしかして、惚れられた!?


 この男、『魔力切れ』で気絶する直前の記憶を無くしており、覚えているのは『魔法』を使ってセリアを追い詰めたところまでである。


 しかし、正解を引いた。

 これがいわゆる、下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるという奴である。


「なあ、アリシア」

「なに? イグニ」


 イグニが思い切ってアリシアに尋ねる。

 しかし、その反応はあまりにいつも通りで、


「……寮の暮らしは、どうだ?」

「快適ね。朝ごはん出てくるのがいいわ」


 イグニの言葉はあっさり流された。


(……俺の、勘違いか?)


 ――『勘違い』。

 

 古今、多くの男女がこれに翻弄ほんろうされてきた。


 あるものは好意があると勘違いし、特攻したあげく爆沈。

 あるものは好意がないと勘違いし、胸に秘めたまま沈黙。


 モテに連なるものにとって、『勘違い』とは害虫バグ……!

 取り除かねば、ならない物……ッ!!


 ……当然、モテを極める者たちが無視できるものではない…………っ!


(……あッ!)


 その瞬間、イグニの脳内に過去がきらめいた。


 ―――――――――

『イグニよ。お前はこれから学校に通うことになるわけじゃ』

『文句はないよ。冒険者に出会いは無いって分かったからな』

『お前はワシが教えたモテの極意を使って女と遊びに遊ぶじゃろう』

『…………っ!』


 イグニの目に希望が灯る。

 2年間、地獄の底で這いずり回ってきた成果がついに出るというもの。


『じゃからの、イグニ。お前には言っておかねばならないことがある』

『言って、おかなければならないこと……ッ!』


 イグニの目の前にいるのは“極点”。

 人類の可能性の到達点である。イグニはルクスの言葉を待った。


『心して聞け。ワシも何度これをやらかして、嫌われたか分からぬ……』

『嫌われる……っ!』

『イグニよ。モテ続ける、ということは女を魅了しつづけるということ。一度、惚れさせて『はい、終わり』とはいかぬ……! むしろ逆!!』

『逆……!?』

『モテ続けるとは……! 自分に惚れた女を、続けることにある……ッ!!』

『……ッ!!』


 イグニはその時、自分の認識の甘さを殴りつけられた。


『良いか、良く聞け。イグニ。お前も学生じゃ。それに若い。女と出会い、モテることによってムフフなことをすることもあるだろう』

『ムフフなこと……っ!!』

『じゃがな、イグニッ! 一度からといって、急に彼氏面をする男……! これは……嫌われる……っ!!』

『な……っ! な、何だってッ!?』


 バチン!!


『ええ!? なんでビンタ!? 俺そんなダメな事言った!!?』

『思考の甘さが伝わってくるんじゃッ!! イグニ、お前は今……ムフフなことがゴールだと思ったなッ!!』

『……っ!』

『違う! 違うぞ、イグニ!! そこをゴールにしては、ダメ……っ! むしろ、そこがスタート……っ! そんな思考だから嫌われる……っ!』

『……な、何だって』

『急な彼氏面……! 向こうからしたらただの勘違い男……っ!! 恥ずかしい……っ! 距離感を掴むのじゃ……イグニっ!!』

『わ、分かったよ。じいちゃん』

『なに。今言っていることの半分は理解できんと思う。思うが、いずれ答えが分かる日が来るもんじゃ』


 ふっ、とルクスはそう言ってキザに笑った。


 ―――――――――


 これか……っ!!!

 じいちゃんが言ってたことは、まさにこれ……!!


 危ない……っ! たった一度のキス……!

 それもほほへのキスで『好き』なんていう勘違いは……恥……っ!


 生き恥……っ!

 むしろ、これからがスタート……!!


 モテの道は、甘くない……っ!!


「イグニさま。大丈夫です?」

「ん?」

「なんかいま、ちょっと遠くを見てましたから」

「ああ。大丈夫だ。……ちょっと、自分を引き締めたんだ」

「え!? もう引き締めたんですか! 流石はイグニさまです! 昨日大会優勝したばっかりなのに!」

「イグニ。君のストイックさは本当にすごいと思う。尊敬するよ」

「ああ」


 イグニはドヤ顔。


 例によっていつも通りだが、そんなイグニを少しだけ顔を赤くしたアリシアが見つめていたことに誰も気が付かなかった。

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