第29話 闇夜の来訪者

「イグニ、今日は楽しかったねぇ」

「ああ。そうだな。すごく楽しかったよ」


 2段ベッドに寝そべりながら2人は喋る。

 

 それはいつの間にか、習慣になっていた2人の日常。


 ユーリが上、イグニが下。

 どちらかが寝落ちするまで1日のことを語りあう。


 やってることは完全に恋人だが、イグニたちは気が付いていない。

 

「本当に、楽しかったなぁ。エドワードくんにあんな宴会芸があるなんてね」

「ああ。エドワードがあんな芸を持っているとはな」


 一瞬で会場の爆笑を勝ち取った芸である。


「意外だったな……」

「なんだか。だんだんみんなの意外な部分が知れて、ボクは嬉しいな」

「意外な面……」


 例えば……イリスが依存体質とか? そういうの??


 あっ、でもあれは入学初日から分かってるか。


「イグニは、今日あれだけ戦ったのに疲れてないの?」

「うん? ああ。そうだな。全然だ」


 『魔王領』にいた頃の方がもっと過酷で、もっとつらい毎日だった。


「イグニはすごいや。男の子だね」


 ユーリはひどく感心したように言った。


 ガタガタと、窓が揺れる。

 どうやら風が強く吹いてきたようだ。


「ボクは体が強くないから、あんなに戦ったら疲れちゃうよ」

「それぞれあるさ。みんな違ってみんな良い、だ」


 祖父から譲り受けた言葉でユーリをねぎらう。

 まさかユーリもドM談義の途中でもらった言葉だとは思うまい。


「ボクは……もっと、男の子らしい男の子になりたかったなぁ」

「あー……」


 どうやらユーリも男らしくはない、ということに気が付いてるようである。


「ま、まあ……良いんじゃないか? 別にそのままでも……」


 下手なことを言えないので濁すイグニ。

 その顔は苦虫を嚙みつぶしたようになっている。


 ガタガタっ!!

 

 と、再び窓が揺れる。


 加えて激しい雷雨の音まで聞こえてきた。

 どうやら急に降り出したらしい。


「なんだか、天気が悪いな」

「嵐でも来てるのかなぁ?」

「まさか。今日はあんなに晴れてたのに」

「イグニ、嵐は急に来たりするよ」

「へー。そうなの?」

「うん。例えばドラゴンが街の上を通る時とか」

「あー」

「誰かが天災型魔術を使った時かな」


 ドン! と、窓が大きくたたかれた。


「うわぁ!!」


 ユーリが2段ベッドから落ちてくると、イグニに飛びついた。


「なっ、なっ、なんだろう……!?」

「ちょっ……。ユーリ、なんで抱き着くの……!!」


 ガタガタ震えながらイグニに抱き着くユーリ。

 しかも微妙にユーリの身体が柔らかいのがなんとも言えない。


 ドンドン!!


 しかし、再び連続して窓がたたかれる。


「い、イグニ! 誰か窓の外にいるよ!!」

「ここ2階だぞ? 人じゃなくて風の音なんじゃ……」


 ドンドンドン!!


「……いや、人だな」


 イグニは震えるユーリを引きずりながら窓際に近寄りカーテンを開けた。


「開けて!」


 窓の外には、びしょ濡れになったアリシアが居た。


「……何やってんの」


 イグニは窓をオープン。その瞬間、アリシアが飛び込むようにして部屋の中に入って来ると窓とカーテンを慌てて締め切った。


「しばらくかくまって!」


 開口一番、アリシアがそう言う。


 イグニとユーリは顔を見合わせた。


「別に良いけど、ここ女子禁制だぜ?」

「うん。ボクたちは男だからいいけど……」


 ユーリが言うとちょっと気になる。


「構わないの。お願い。しばらく居させて」


 ひどく震えながらアリシアはそう言う。


 どうにもこうにも訳有りらしい。


(……よし。いっちょモテるか!)


 イグニは謎のスイッチを入れると、アリシアにほほ笑んだ。


「その格好だと風邪をひくだろ。着替え出すぞ」

「……ありがとう」

「俺お茶を入れるわ。ユーリ、水をだしてくれ」

「うん」


 イグニはケトルを持ってくると、ユーリに向ける。ユーリは初級魔術の『ウォーターボール』を使ってケトルの中に水を入れると、イグニは『ファイアボール』で水を沸かし始めた。


「俺たちのコップしかないけど、良いだろ?」

「うん。ありがとう」

「ユーリ。タオルをアリシアに渡してあげて」

「わ、わかった!」


 てきぱきと指示してアリシアをもてなすイグニ。

 気の使い方だけは一人前だ。


「着替えつっても俺の服しかないし、どうしたもんか」

「あ、ボクが村のみんなからもらった服の中に女の子の服があるからそれ着ていいよ」

「……そっか」


 イグニはユーリの村の闇を垣間見た。




 ―――――――――


 ランプの消えた部屋の中で、アリシアは湯気の立っているコップで冷えた手を温めていた。


「ありがとう、イグニ。ユーリ」

「気にすんなよ。俺たち友達だろ?」

「そ、そうだよ! アリシアさん!!」


 イグニとユーリの言葉にアリシアが沈黙。


「それにしても、良くここが分かったな」


 話題をそらすためにイグニがそう言うと、


「うん……。イグニの気配が……したから」

「気配……?」


 何を言っているんだろうか、この子は。


「嘘、冗談」

「あ、アリシアさんでも……冗談は言うんだね」


 ユーリが精いっぱいのフォロー。


「そ、それにしても。ベッド、どうしようか……」


 この部屋は2人部屋。

 そして、ベッドは2段ベッドが1つだけ。


「……アリシアは俺のベッドで寝たらいい。俺は床で寝るから」

「えっ。ダメだよイグニ! 体が冷えちゃうよ!!」

「地面で寝るのは慣れてるんだ」

「ぼ、ボクと一緒に寝よ」

「……………………」


 何でユーリは男なんだろう?


 イグニはその脳をフル回転して考えた。

 答えは出なかった。


「あの、やっぱり私……」


 アリシアがゆっくりと口を開いた瞬間、


 バァアアアンンン!!!!


 勢いよく誰かが窓枠を壊して飛び込んだっ!!!!


「……ああ。ここに居たのか。


 全身を強固な鎧に身を包んだ美女。

 流れるような青の髪を後ろで束ね、背中には一本の剣を背負っている。


 雨の中やってきたのかずぶ濡れになりながら、鬼神じみた笑顔を浮かべてアリシアに手を差し出す。


「……っ! 姉さん!!」


 アリシアが声を絞りだす。


「「姉さん??」」


 イグニとユーリの声が重なった。


「いやはや、驚いた。まさかアリーが天災級の魔術を使えるようになっているとは。流石は私の妹だな」

「……姉さん。私は」

「帰ろう。民が心配している」


 そう言ってアリシアの腕をつかむ甲冑騎士。


「待て待て。状況を説明してくれ」


 だが、そこにイグニが割り込んだ。


「そもそもアンタ。誰なんだ」

「私か? 私はセリア・エスメラルダ。エスメラルダだ」

「……は?」


 イグニはその言葉を咀嚼そしゃくして……飲み込めなかった。


「セリアって……! “しなず”のセリア……ッ!!」

「し、知ってるのか! ユーリ!!」


 こんな美女を知らないというショックがイグニを襲う。


「い、イグニこそ何で知らないの!! この人は“極点”! “【生】の極点”だよっ!!」

「は!? “極点”!!?」


 魔術を極め生物としての究極地点にたどり着いた者たちを総称して“極点”と呼ぶ。

 たった1つの生物として完成された彼らはまさに“最強”にふさわしい。


 だからこそ、人々は噂をする。


 ――“極点”の中で誰が一番強いんだ、と。


 最強の攻撃力を持ちあのドラゴンでさえも単騎で打ち取った“極光”のルクスか。

 それとも魔術の真理を覗き自ら【属性】を生み出した探究者“深淵”のアビスか。

 魔術が使えず、しかし自らの武芸を磨き上げ極みに達した“剣”のクララか。


 その中に、化け物がいる。


 王族の生まれでありながら、自分の魔術を極めた者が。

 初めから王位を捨て、魔術に生きた者が。

 魔術と命の最奥に手を伸ばした者が。


 だからこそ、彼女は弱冠20歳にてその極みにたどり着いた。


“【生】の極点”セリア・エスメラルダ。


 帝国が誇る”最強”の魔術師である。


「さあ、アリシア。帰ろう」

「わ、私は……っ!!!」


 ちらり、とアリシアがイグニを見る。


(ひ、ひっ、姫騎士だッ!?)


 イグニのテンションはおかしかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る