第1章 年下ドワーフとの出会い

第11話 不潔で強欲で妙に馴れ馴れしい男1

 ケルンと言う村は酷く貧しく見える。貧しい土地にあるだけじゃなく、村人の格好も貧しく見えるし何やら村の一部が崩壊していたからだ。建物自体は老朽化しているがそれが原因で崩壊したというよりは、誰かに魔法で壊されたか魔物に暴れられたか、そのどちらかのように思えた。


 ――魔物とは、獣や虫などに何らかの原因で魔力が備わった人類以外の生き物のことを指す。我々と違うのは言葉は話せないし、魔法も使えない。魔法を使えなくとも、魔力を使って瞬発的に運動量を上げたり体を硬化させたりはできる。

 中には火を吹く魔物もいるが、それは進化の過程で火を吹く器官を持った獣が、炎を増幅させるために魔力を使うだけであり、ゼロから魔力で何かを生み出せることが出来るのは人類だけである(人類とはヒト族、ドワーフ族、エルフ族、獣人族、魔族の総称)。



 いつものようにアルムは村に入るなり、酒場を探した。街や村を知るのに酒場が一番だし、二階が宿になっている所も多いからだ。ケルンは辺境の村としては中々大きかった。中心地に向かう蛇のようにくねくねと曲がった石畳の道は、以前はお洒落しゃれさの演出に一役買っていたようだが、今は石畳は割れ隙間からは放ったらかしの雑草が生えて見る影もない。


 村の中心地に広場があった。その広場の真ん中には、すたれた村に似つかわしくないほど大きな白い噴水があった。噴水は老朽化のせいで所々崩れているし水も張っていなかったが、それでも以前は栄えていたと思わせるほど、どことなくゴージャスなおもむきがある。

 噴水を中心に東西南北に道は分かれ、北に向かう道の入り口に酒場はあった。噴水に合わせて白い彫刻の水瓶みずがめを持った女性が、二対双子のように薄汚れた酒場のドアの両側に飾ってある。双子の愛らしかったであろう彫刻も、やはり噴水と同じく老朽化で所々崩れていた。


 まだ日が暮れる前で明るかったが、小窓から見る限りではランプはついているし酒場は営業しているみたいだ。アルムは迷うことなく酒場に入り、村に入った初日にいつもするようにカウンター席に座った。

 他にカウンター席には誰もいない。奥のテーブルに二組の村人がいて、チラッと彼女を見ては凝視し、すぐに何もなかったかのように会話に戻り、早めの晩酌に勤しんでいた。


「ピルスナーウルケルを……」


「はいよ!」


 白髪交じりの初老の店主は答えた。


「珍しいねぇ、旅人がだが……それよりもエルフが来るとはね」


 アルムは特に答えなかった。この手のセリフは何度も聞かされているからだ。だが、この言葉で分かることがある。どこの村や街に行っても、エルフは珍しいと言われる……それはつまり、珍しくはあるがと言っているようなものだ。

 そのことはエルフ村フェンリルから村を出る者がアルム意外にも過去にいたか、それとも元々フェンリル以外にエルフ族の集落があるかを物語っている。


 おそらくその両方だろうと彼女は思った。フェンリル村に異国の本があるのは村をでた者が収集したと推測できるし、ただそうだったとしてもどこの村でも言う「珍しい」という言葉としては、フェンリル村だけじゃいささか大げさすぎだ。

 どこの村でも珍しいと言われるほど、フェンリル村を出たエルフが多いとは考えにくい。どの村や街の人々に聞いても他にエルフ族の集落があるといった情報が全く無いのは不可思議だが、それは殆どの集落がフェンリル村のように地図に乗らない隠れ里なのだろう。地図が確かではないことは分かりきっているし、最新の地図なら表記されているのかも知れない。

 もしフェンリル村以外に集落があるとしたら、いつかは寄ってみたいものだ、とアルムは密かに思った。


「はいよ」


 そうこうしているうちに、丸いジョッキに入ったピルスナーウルケルが彼女の目の前に置かれた。右手にジョッキを持ちグビッと飲む。細かい泡と繊細な苦味が喉を通る。美味うまい!と彼女は力強く誰にも聞こえないようにつぶやいた。


 アルムは続いて店主おすすめのケルヒルという鳥に似た魔物のお肉の料理を頂いた。ケルヒルのお肉を上質な油でこんがりとソテーして、その上にワインとオリーブのソースをかける。ピリッと辛味の効いた香辛料を店主が最後にまぶす。貧しく見える村にはとても似つかわしくない料理だった。


「美味い!」


 今度は店主にも聞こえるほどの声で言った。


「しばらく村にいるのかい?」


 店主が話しかけてきた。


「ん~、二晩はいるかな……」


「お嬢ちゃん、それならうちに泊まんなよ。二階が宿なんだ」


「いいけど……少しはまけてね!」


 アルムは自分が思う甘え声で言った。しかしはたから見たら、甘え声でもなんでもなく聞こえる。


「はは、お嬢ちゃんかわいいからまけるよ」


 ここまでテンプレね、と彼女は思った。どこの酒場でも言われる内容にそう思わずにはいられなかった。


 ――バタン!


 急に聞こえた音とともにアルムは長い耳をピクッとさせた。新しい客が入ってきた。ジャラジャラと装備が重そうな音をたてながらその男は入ってきた。

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