第4話 青い髪のエルフ3
扉は半開きのまま、アルムは中を恐る恐る覗いてみた。そこにはただ無情な闇が広がるばかりで、中に一歩入ると
『ライトニング』
人差し指が光りだす。大した光ではない。アルムの顔と小ぢんまりとした胸あたりを、ほんのりと明るく照らす程度だ。熟練の光魔法使いならこの部屋全体を照らすことぐらい
指先を動かしながら見渡すと、辺りは淡いピンク色の壁に囲まれた通路になっていた。壁は所々まだらに色が濃かったり薄かったりする。色の濃い所を見るに元は真紅のキレイな壁だったと思わせられるが、長い年月のせいか今は色あせてヒビが入り
五〇センチ先はもう容赦ない暗闇が続く中、右手を壁に添えて足元を注意深く照らしながら彼女は少しづつ歩き始めた。
「こんなことならランプを持ってくるべきだった。まだランプの方が明るい……」
アルムはドライバーを取りに家に戻った時に、暗闇を想定してランプを持ってこなかったことを
部屋の入り口では壊れたドアが、来るはずのない来客を待ち続けて、ついには老衰で崩れ落ちてしまったかのように倒れていた。彼女は足元のドアの残骸に気をつけながら左手指先のライトであたりを見渡した。やはり闇ばかりで何も見えない。
部屋になっているなら壁にランプがついていてもおかしくはない。アルムは壁伝いに歩いてランプを探した。苦労せずに目線の高さにあるランプを見つけた。彼女はランプカバーを外して、ライトニングの魔法を解いた。
あたりは漆黒な闇に包まれる。闇に包まれることにより嗅覚が冴えわたる。古い部屋独特の
「なるほどね……」
ここは図書館の奥の秘密の部屋、おそらく表の図書館とは比べ物にならないぐらい良質な本が立ち並んでいる。それか『エルフ村フェンリルの成り立ち』よりも更に下らない本が、世に出ないように仕舞われているだけかもしれない。アルムはそう思った。
「ふふ……」
『エルフ村フェンリルの成り立ち』よりも下らない本とはどういうものか想像して、彼女は思わず笑ってしまった。
「エルフ村フェンリルのばあやの話し 全五巻」
「エルフ村フェンリルの長のなりそめ 全九巻」
「エルフ村フェンリルのゴミの出し方 全一巻」
「エルフ村フェンリルの――」
「くすっ……」
アルムは笑うのを
『フレイム』
人差し指の先に火の玉を作る。……でも、すぐに消えた。
炎系の魔法は光魔法以上にアルムは苦手である。彼女にとって炎系魔法は水を吸ったマッチで火を起こすぐらい難しい。火がついたと思ってもすぐに消えてしまうことは多々ある。彼女は決して魔法力が低いわけではない、むしろ魔法力は他の者よりも群を抜いて高い。幼少期から毎日魔法に取り
エルフ族に限らず魔法の得意不得意は、遺伝的要因が八〇パーセント、環境的要因が二〇パーセントで決まると言われている。水系魔法が得意なアルムは、炎系魔法は全くと言っていいほど苦手である。それでも彼女はフレイムの魔法だけでも習得しようと試みた――こういう日のためにである。
今度は、ランプのロウソクの先にゼロ距離で人差し指をつけてから唱えた。
『フレイム』
声が部屋に響き渡る。そしてバチッと音とともにロウソクに火が灯された。
相変わらずフレイムの魔法は下手くそだが、ロウソクに火をつけることに成功したアルムは嬉しそうな表情を見せた。同じ要領で部屋中のランプに火を灯す。全部で二〇個はあり、なれない魔法を使い続けたせいか、彼女はまるで重装備のアーマーナイトの鎧を無理やり着せられたような気だるさを感じた。
改めてランプでほんのりと明るくなった部屋を見渡した。そこには本棚と本がぎっしり置いてある。図書館の裏には更なる本があった。
後に分かることだが四階分の図書館の裏には同じ階数分の部屋があり、出入口は図書館の四階にある隠された扉しかなかった。四階分の図書館と対になるように四階から三階へと降る階段があり、二階、一階へと階段が続く。その各階に表の図書館とほぼ同じ量の本が、ぎっしりと規則正しく本棚に整列されていた。
そして驚くことに、この裏にある四階分の本の
それに気づいたアルムはショックのあまり体が硬直したまま、なぜだか目から大量の涙がこぼれ落ちた。その涙の存在には一切彼女は気づかない。
あまりにも複雑すぎる心境……エルフ村、魔物と獣の森。息苦しい村での暮らし。くだらない本。魔法と読書の日々。煙たがれる日々。
――そしてこの裏の部屋の存在。
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