第2話 青い髪のエルフ1

 アルムたち二人が向かっている街リズルガルトは、南大陸の最北西に位置する。

 その街から真南に進むとすたれた村ケルンが見える。その村を人の足で二〇日ばかりさらに南に進む、すると人を寄せ付けないほどの深い森が現れる。

 ここの森の木々は所狭しと肩を寄せ合うように枝を張り巡らせ、その葉は敵の侵入を一切許さない戦士のように日光をさえぎる。その深く暗い森の中を迷わずに行けば五日ほどで、突然眩く目を開られないほどの日光が降り注ぐ地に着く。それは深い森を抜けた証拠だ。


 眼前に広がるは深い谷底、そこに流れる大きな滝、滝の終着点の湖、そして円を何重にも描くように家々が湖の周りを囲い、里はその先の山あいにまで全貌が見えないほどに広がっている。

 日が通らないほどの深い森、潤沢じゅんたくな神秘的とも言えるほど透き通る綺麗きれいな水、そして里を隠すようにそびえ立つ後方に見える険しい山々、エルフ族はこの地を千年以上前にとして選んだ。


 この深い森は太古から住む凶暴な魔物が出ると、大陸中に真しやかに噂されていた。そのことはエルフの里が今日まで世に知られていない要因の一つになっていた。噂は真実ではない。エルフたちは実際に太古の魔物を一度も見たことがないし、せいぜい太古の魔物とは言い難い、気性の荒い魔物が数種類いるくらいなものだ。


 ――そう、言うまでもなく。この隠れ里フェンリルがアルムの故郷である。


 アルムはエルフとしては珍しく、青い髪をしていた。

 エルフの約八〇%は金色か銀色の髪、二〇%は人との混血などの理由で黒か茶色の髪になる。ほぼ一%にも満たない確率で青や緑の髪で生まれることもあるが、それも幼少期の間だけで成人に向けて(エルフは長命だが成人とみなされるのは人と変わらない年齢)だんだんと色が薄くなり、成人を超えれば銀か金色の髪になる。


 二〇〇歳を超えるアルムが未だに綺麗な青い髪なのは、エルフの村フェンリルにとって初めてのことであった。青い髪であり続ける彼女は異端に見られ、村の人々からは煙たがられていた。いじめまがいのことも何度かあったが、彼女は村に約二〇〇年も居続けた。


 ――アルムはその時はまだ知らない。外に世界があることを。


 訳あって他の種族から隠れざるを得なかったエルフ族は平和な村を維持するために、祖先からはこの世は二つの世界しかないと言い伝えられてきた。一つはエルフの村、そしてもう一つは魔物や獣が多く住む深い森であると。知能があり、言葉を話せる種はエルフ族だけだとされてきた。


 そんなこと誰が信じ込むのだろうか?――しかし、事実そんなことをエルフ族は先人に信じ込まされ続けてきた。


 他の種族に比べて魔力に長けていたエルフ族は代々伝わる魔法が多々ある。その中でも禁術魔法は数十種類あり、そのうちの一つに記憶を操作する魔法がある。とはいっても理論的には不可能ではないが、当時は一度も成功を見たことがない魔法である。

 永遠の平和を望んだエルフ族は何世紀も前にこの土地を選び、エルフと魔物や獣しかいない世界を――記憶を操作する魔法を何らかの方法で民全員にほどこしたのである。もともとのエルフ族特有の宗教の力も相まってか、約一二〇〇年もの間、未だに信じ込まされている状況が続いた。


 いや、待て。おかしくないか?――二割はヒトとの混血の理由で黒か茶色の髪をしていると。アレ? オカシイゾ?


 そう。ヒトとの関わりは幾度いくどかあった。まれに深い森に迷い込んだヒトが、偶然フェンリル村にたどり着くことがある。何かと理由をつけてエルフたちはヒトという種族を幾度も排除してきた。時には魔物の化身として殺され、また時にはエルフ族と魔物の混血だと恐ろしがられる。

 そして極稀ごくまれにだが、運良く村での滞在を許されたヒトはエルフ族の遠い親戚とされた。遠いエルフ族の祖先がこの村とはほど遠い、魔物が多く住む地でなんとか生き永らえてきたと、エルフの血の劣勢遺伝で耳は短く黒髪であると、フェンリル村の人々はそう思い込んだのである。


 実際アルムの青い髪と同じぐらい珍しいが、ヒト族と対して変わらない短い耳のエルフが生まれることもある。純粋なエルフの血でも起こりうる現象だ。そして耳の形の違うエルフはアルムと同じく煙たがられる運命にある。

 仕方がない。この世界では他と違うものが排除される。知性を持ったどの種族も(いや、もしかしたら知性のない獣でも……)いじめは起こりうることだ。


 何かと理由をつけ、ヒトを排除してきた村フェンリルの住民は、今もなおの二世界だと信じ込んでいる……かと思いきや、必ずしもそうではない。少数だが民の中には、他の世界があるのでは? 他の種族がいるのでは? と疑う者もいた。

 しかし確信には至らず、多くの民にとっては村は居心地が良く、危険を犯すかもしれない冒険をあえてする気持ちさえ湧くことはない。元来エルフ族は臆病で欲深くない種族である。フィクションで「こういう種族がいて、こんな世界がある」とみんなで思い思いに談笑しているだけで十分であった。


 ――ここからは、アルムについて話そう。


 若干つり上がった目に透き通ったエメラルドグリーンの瞳、そしてちょっと生意気な眉毛、大人しくも気の強い印象を持つアルム。長く伸びた特徴的な青い髪は自然に任せて腰まで真っ直ぐに伸ばしている。長身が多いエルフ族の中ひときわ小柄で、村にいる時は白を基調とした民族衣装を着ていた。

 友達と言える友達がいなかった彼女はみんなの和に入ることもなく、一人読書と魔法の鍛錬に日々明け暮れている。もともと得に読書と魔法が好きだったわけではないが他にやることがなかった。彼女はただ永遠に続く暇を持て余しているのだ。


 ――一人の青い髪のエルフが世界を変えてしまうのはまだ先の話。まずはアルムのとの出会いから話そう。

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