青い髪のエルフ 〜201年間村に引きこもっていました、そして妙に馴れ馴れしいこの男は年下ドワーフです〜

梅雨目

第0章 青い髪のアルム

第1話 序章

「いったいなにがどうなってる? いったいどうして、この男とわたしは並んで歩かないといけないんだ!」


 アルムはそう思った。今まで何十年も会っていない大嫌いな知り合いの顔を何かのきっかけでふと思い出す、それと似た感情を彼女は覚えた。


「わたしは一人でいることが好きだ。村をでて一人気ままに旅をする。それだけで十分。ひとり気ままに旅をして異世界を知り、立ち寄った村や街で読書をしながらお酒をたしなむ――求めるのはそれぐらいなもんだ」


 アルムはある事情で外の世界を知らなかった。二〇一年もの間、閉ざされたエルフの村で育った彼女にとって、外の世界は異世界と呼べるに等しい。村を出るまではエルフ以外の種族を一度も見たことがないし、大陸がはたしてどこまで続くのかも全く知らない。


「ああ、どうか! この不潔で、強欲で、妙にれしいこの男を! この男を追い払うすべを誰でもいい、誰でもいいからお教えください」


 アルムは神にもすがる気持ちで天を仰いだ。もっとも、現実主義者の彼女にとって神にすがるのは初めてのことだ。



 「……って…………だ? ……ルム?」


 ――何か聞こえる。


 アルムのツンとした長い耳の内側にある鼓膜を、空気の振動で揺さぶられるのを感じた。

 今までわたしに耳などついていなかったのではないか? どこか辺境の地に耳を落としてきたのではないか、はたまた道端であった盗賊に耳を盗まれてそれっきりなのではないか。まるでそう思えるほど、全くと言っていいほどに彼女は音を感じていなかった。ついさっきまでは。


「おい!……おい、聞いてるのか? どうしたっていうんだ、アルム」


 アルムはさっき生まれたかのような鼓膜を大きく揺さぶられた。その衝撃に頭の痛みを感じるほどだ。


「……聞いてるわ」


「本当に聞いてたのか? じゃあ、おれは何を言った? 答えてみろ」


 強めに言われたことにムッとしながら、彼女はいさぎよく答えた。


「ごめん、嘘。何も聞いてない。何も聞こえなかったの」


 不潔で強欲で妙に馴れ馴れしいその男は、アルムの返事を不審に思った。目の前にいる女がいつの間にか違う人と中身が入れ替わったのではないか、と疑うような目で彼女の姿を足先から頭までめ回すように見た。その視線を受けてアルムは嫌な気持ちになったが、不思議とその気持ちはほんのわずかな間だけだった。


 異性としていやらしい視線ではなく、あくまでもアルムの態度に対して、どこか異変がないか、――例えば毒に侵されているとか――顔色や体の変化を注意深く見ただけだ。

 彼といる時間はまだ二週間と短いが、心配した時はいつもそうすることはすでに知っていた。体中を舐め回すように見るときは彼にとっての優しさの表現でもある。彼は体の端から端まですっかり見終わると、一人うんとうなずき何かに納得した様子を見せた。


「誰だって聞いてない時はある、まあいい。それよりも、もうすぐ街につくぞ。そこでまずは宿を探して、別々に部屋を取ろう。お金には困ってないんだろ? お金に困ってるなら一部屋でも……」


「――二部屋で!」


「ぉお、……そうか」


 不潔で強欲で妙に馴れ馴れしくて優しい男は、少し残念な表情を浮かべた。期待していたわけではないがアルムの即答は応える。


 二人はこの辺一帯ではわりと大きな街リズルガルトに向かっていた。大きいとはいえ辺境のこの土地の中で大きいだけであり、南大陸の中心地王都シュラムの二十分の一程度の大きさである。南大陸の最北西であるこの辺一帯は山谷の高低差が酷く、他国の人が来ることはほとんどない。

 アルムとその男はこの国の出身でもなければ、エルフにドワーフと種族も国籍も違う二人だ。珍しい組み合わせの二人が辺境の地で並んで歩いている。辺境のこの地では数年に一度あるかないかの出来事である。


 二人は慎重しんちょうな歩みだ。この地を記した文献や書物などはいっさい残されていなければ(あるいは意図的に文献や書物が世に出ないように偽装されているのか)、情報と呼べるにふさわしいものは近くの村でも得られなかった。慎重にならざるを得ない状況だ。

 どういった種族がいて、どんな天災がありどんな魔物がいるのか、どんな文化がはぐくまれているのか、さっぱり分からない。今歩いている山道は草木が肩まで生い茂り歩くのに困難で、アルムが考えを巡らせている場合ではない道である。


「なるようになる……」


 アルムはこの七語で今の気持ちに整理をつけた。整理と言っても無理やり鞄に何倍もの大きさの荷物を押し込めるようなもの、整理とは程遠く気持ちをうやむやにしているだけであった。

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