第42話
「話?私はないですが?」
野村美咲さんは淡々と答える。
「アタシはあんの!」
彩奈がやや怒ったような口調で言う。
会場は何が起こっているのか分かっていないのか、ザワザワとしている。困惑した空気が伝わってくる。
当然だ。
アーティストが歌い始めると思ったら、赤と青の全身タイツの女2人がステージに乱入してきたのだから。演出なのかどうかも分かってはいないだろう。そして、真実は演出といえば演出だし、でも中身のない演出なので単なる乱入といえば乱入である。
さて、どうしよう。
「てかアンタさ、今はなんかアーティストぶって、歌なんか歌っちゃってるけどさ、元は芸人なんだからね!」
彩奈は依然として大きな声でまくしたてる。
というか、ピンマイクをつけていないから、大きな声を出さないと、いかに狭い会場といえど、私たちの声は観客に届かない。
美咲さんは小さくため息を吐く。
「1日だけじゃない」
「1日でもアタシの隣に立ったでしょうが!一緒に手ブラフンドシやった仲でしょアタシ達!!」
「いや何なの手ブラフンドシって!」
パワーワード過ぎて、つい突っ込んでしまった。
しかし、お客さんも状況について来れてないからか、ザワザワしているだけだ。いや、もしかしたら私の声が小さすぎるだけかもしれないけれど。
え、てかヤバくないこの空気?ただの迷惑系YouTuberが出てきたときの空気になってるよね!?
しかし彩奈は止まらない。
美咲さんが歌のときに使用していたセンターマイクを外して手に取る。
「アタシは今日、アンタの化けの皮を剥がしにきた」
マイクを使って話す彩奈の声は会場中に響き渡る。
「そんなもの私にはないけど?」
冷静に美咲さんが答える。
「いーや、ある。ほとんどいないだろうけど、野村美咲の全ファンに告ぐ」
「いや失礼すぎない!?」
隣で彩奈の暴言につっこむ。
つっこんだ後、彩奈と数秒目が合う。
「あ、喋る時はマイク使って貰っていい?」
「いや唐突に冷静!!」
会場からちらほらと笑い声が起きているような気がした。
私たちの格好とこの状況に、少しずつ慣れ始めた人がいるのだろうか。
「てか、私マイク持ってない!」
「そこは気合いで」
「気合いでマイクは出せなくない!?わたし青い猫型ロボットじゃないからね!?」
「青いタイツ着てる人が何言ってんの?」
「あ、確かに」
「いや確かに、ではないでけどね?納得しないでよ」
「あ、そっか」
私と彩奈の掛け合いに少しずつ笑いが起きている気がする。身体が熱い。
人前で全身タイツなんか着て恥ずかしい筈なのに、どこか高揚している自分がいる。
あぁ嬉しいなって、どこか思っている自分がいる。
ネタも何も分からない、笑いの知識なんて1つもない、それでも私は、他人に笑ってもらうのが好きなのかもしれない。
ここが私の居場所だと思えたら、どれだけ幸せだろうか。
私と彩奈の掛け合いを見ていた美咲さんは小さく口元に笑みを溢した。
「あら、良かったじゃない、良い相方が見つかって」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます