第41話

「てか、ホントにこのタイミングで出て行って大丈夫なのかな?」

舞台袖でまさに出ていくタイミングを彩奈と伺いながら、やっぱり私は不安で仕方なかった。

先ほどの素晴らしい歌の後に出ていくのだ。彼女のファンからしたら激おこ案件である。

「大丈夫でしょ」

彩奈はどこまでいっても冷静だ。

行原と1ヶ月過ごすと、こんな状況にも動じないようになるのだろうか。

逞しいような怖いような。頭のネジが緩んでしまっているだけな気がするから。

それに不安要素は他にもある。

「てか、どのタイミングで外すの?」

というのはタイツのお尻部分のことである。この全身タイツはお尻部分だけ取り外し可能となっている。

出来れば取り外したくはないが、やらずにスベるのも怖い。

「最初から外してても面白くない気がするし、何かケンカとかして、その流れで外してみるとか.....?」

「んー、難しいね。てかめっちゃ案出してくるじゃん」

ぶつくさ言う私の横で、彩奈も首を捻っている。

てか、もう出ていかなくてはいけないのに、このグダグダ感だ。こんなんで大丈夫なのか。

芸人さんって、普通はもっとしっかりネタ作り込んで、それを舞台で披露してるはずだよね?

とはいえ、もう時間はない。

頼みの行原もいない。

「では、続いての曲ですが.....」

ステージに立つアーティスト、野村美咲は次の曲に入ろうとしている。

時間がない。

歌い始められては乱入しづらい。

彩奈と目配せをする。

行こう!

意を決して、彩奈と2人でステージへと駆け出す。


「次の曲、ちょっと待ったぁぁぁ!!」

彩奈が声を張り上げながら、ステージ中央にいる野村美咲さんに向かってずんずん歩いていく。私もその後に続いた。

ステージの下には、100人ほどいるであろうお客さんが詰めかけている。いや怖い。大丈夫かな。

彩奈と共にステージ中央に立つ野村美咲さんの横に立つ。

野村美咲さんは、私たち2人の格好を見て、少しの間、驚いたように目を見開いていたが、すぐに元の凛とした表情に戻った。

派手な見た目で綺麗な彩奈とは違い、野村美咲さんはクールで落ち着いた美しさがある。

間近で見ると、より一層にザ・アーティストって雰囲気だ。語彙力がなくて申し訳ないけど、そう表すのが彼女を表現する言葉として、1番正しいのだろう。

「あの、何ですか?」

野村美咲さんは私たち2人を見て尋ねる。

当然の反応だ。

そして、いちいち立ち振る舞いが美しい。

1日でも芸人をしていた人とは思えない。

てか、こっからどう展開していけば良いのだろう。行原は乱入して、フェスを盛り上げろと言っていたけど、盛り上げるプランなど1つもない。

何か策はないのかと彩奈を見る。


しかし、彩奈はいつもの迷いのない瞳をしていた。

その瞳で真っ直ぐに野村美咲さんを見据えている。




「野村美咲、アンタに話がある」


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