第39話

彩奈の言葉に対して、開いた口が塞がらなかった。

辛うじて言葉を絞り出す。

「あ、相方?」

「元だけどね」

彩奈が冷静に答える。

ステージを見つめるその表情は、とても芸人とは思えない美しさだった。

全身タイツを着ているのに、何故この人はこうも画になるのだろう。芸人なんてやらせておくのはマジで勿体無い。

そして、それはステージに立つ美女も同じだった。

彩奈の元相方ということは、彼女も元芸人なのだろうか?

2人が並んでセンターマイクに立つところを想像してみるが、全くもって芸人の出立ちではない。それこそアーティストだ。

「つっても、組んで1日で解散したから、大して知らないんだけどね。ただ、アタシはアイツのこと嫌いだけど」

彩奈がはっきりと『嫌い』というのは、なんとなく珍しいように思えた。昨日あったばかりだし、珍しいもクソもないのだけど。

彩奈は見た目はキツそうなとこもあるが、基本的には明るい性格で人懐っこいタイプのように見える。そんな彩奈が1日で解散したとは、彼女は一体どんな人なのだろう?

「えっと、あんまり言いたくないかもだけど、あの野村さん?って、一体どんな人....」

「見てたら分かるよ」

彩奈はステージを見つめたまま答える。

先程から、ずっとステージを見つめている。

1日で解散した割には、ステージに立つ彼女のことを意識しているように思えた。

過ごした時間以上の因縁が2人には、あるのだろうか?

私も彩奈の視線の先にいる彼女を見つめた。

ステージに立つ美女、野村美咲が話し始める。

「はじめまして、野村美咲です。今日は残暑も厳しい中、お集まり下さり、本当にありがとうございます」

とても美しい声だ。

まさに完璧美人。

見た感じ、性格も良さそうに見えるが、彩奈は彼女の何が嫌いだと言うのだろう?

ギャルに近い派手な見た目の彩奈とは違い、美咲は清楚でクール系のように見えるし、タイプが違う2人ではあるが、そこまで合わないようには見えない。

美咲のMCトークが続く。

「今日の一曲目は、そんな暑さも吹き飛ぶような、この曲を歌わせて頂きます。聴いてください」

少し溜めた後、美咲が今まで以上に透き通った美声を発する。




「晩夏の空に」




会場の一部が沸く。きっと美咲のファンで知っている曲なのだろう。

そして、彼女がマイクに口元を近づけ、ギターの弦に指をかける。次の瞬間、ギターの鮮やかな音色と共に、美しい声が会場に響き渡った。

プロの歌手の生歌。

凄いなんてものじゃない。音の衝撃が全身にぶつかってくる感覚。

これがプロの技術なのだろうか。

一曲目を聴き終わった後、私は鳥肌が立っていた。

興奮した気持ちを彩奈と行原に伝える。

「す、凄いね!こ、これがプロなんだね.....って、どーしたの2人とも?」


なぜか彩奈と行原は不味いものでも食べたかのように、げんなりした顔をしていた。



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