第21話
「お姉さーん!」
その小さな女の子は無邪気な笑みを浮かべて、私の元へ駆けてきた。
「お姉さーん、面白かったよー」
「こら、待ちなさい」
その子の後を追って、母親もやってくる。
「ごめんなさいね」
母親が私にぺこりと頭を下げる。私は親子を交互に見ながら、予定通り愛想笑いを浮かべた。コンビニで鍛えただけあって、うまい筈だ。
ただ、さすがに立ち去ることは出来ず、私は子供に向き直ることにした。腰を屈めて、その女の子と視線を合わせる。
「見てくれたんだね。ありがとう」
「変な顔見れて面白かったー」
「そ、そっか.....」
やっぱ、そーいう印象だよね。
注目を集めると言っても、結局は嘲笑の的でしかない。舞台にいる時の笑いの量とは、所詮そのときだけのもの。
バカにされるような存在には、私はなりたくない。
いや、なれない。
私はそこまで強くないから。
「そーいえば、お姉さん」
「何?」
「次はいつ出るの?」
「えっ.....と」
次はない。
私は芸人にはならないと言ってしまったから。
言葉が出てこない。
いや、テキトーなことを答えれば済むだけの話だ。所詮はもう会うことのない女の子。これっきりの関係。この子だって、いずれは私のことなんて忘れる。大人になったときには「あんな人いたっけ?」って思うくらいの、あやふやな記憶になっている。
私は、そんな存在の筈だ。
誤魔化せば良い。
「ねー、いつ?」
女の子はニコニコとした笑顔で聞いてくる。
その笑顔を見たとき、私は嘘を吐くことが出来なかった。
「ごめん。次はないんだ」
その言葉を聞いた瞬間、女の子の顔から笑顔が萎んでいく。
「そっかー.....」
「ほら、あんまり困らせちゃダメでしょ」
母親が女の子をなだめる。
「すいませんね」
母親がまた小さく頭を下げる。
踵を返そうとした親子を前に、なぜか私は2人に声をかけていた。
「あの」
親子が振り返る。
女の子はポカンとした表情で私を見ている。
その顔に笑顔はなかった。
私には、誰かを笑顔にする力なんてない。
誰かを幸せにする力なんてない。
自分が注目を浴びたいだけで
自分のことしか考えてない
そんな心の小さな人間だ。
それが私。
だけど、今日知ってしまった。
そんな自分でも誰かを笑わせられると。
嘘は吐きたくない。
でも...
その笑顔を消したくはなかった。
「いつになるか分かりません。でも必ず、私はあの舞台に戻ってきます」
私の言葉に、女の子はニッコリと微笑み頷くのだった。
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