第20話

"お前は今日、舞台に立つ。そこでお前が望むものが手に入らなかったら、もう二度と誘わない。だが、そこでお前が望むものが手に入ったら、一回、芸人に挑戦してみろ。きっと、お前の人生が変わる筈だから"


それが行原との賭け。そして約束。

行原の顔を見つめる。相変わらずの無表情っぷりで、その顔から何かを読み取ることはできない。

私は自分の中にある想いを整理しながら、この気持ちを表す言葉を探した。

「確かに、あなたの言った通りでした」

行原は黙って私の話を聞いている。

「私が望むものは、あの舞台にありました」

「へー、良かったじゃん。で?」

「だから私は.....」

私は次に続けようとした言葉を一度飲み込んだ。

言っていいのか、迷ったからだ。

だが、言わなければ。

言わなければ、前には進めない。

私は言葉を続ける。

「私は、芸人にはなれないです。今日の話はなかったことにして下さい」

「え、嘘。今のやる流れじゃ....」

彩奈が何か言おうとしていたが、行原が手で制止する。

「そっか。ならいい」

行原は短く答える。

「この業界じゃよくあることだから。断るのも普通のことだ」

「は、はい」

「じゃ、今日はこれで解散だな。雨宮も付き合ってくれて、ありがとな」

そう言うと、彩奈を連れて行原は踵を返してしまった。彩奈は納得していないようでチラチラと私を振り返っている。

「えー?いいの?絶対やりたい筈....」

「うっさい、チン毛頭」

「誰がチン毛頭だ!!」

彩奈に頭を殴られながら行原は彩奈の腕を引っ張りながら去っていく。

これで良かったのだ。

2人の背中を見ながら思う。

輝く舞台に立つことは、確かに私の理想だった。だけど、私には無理なのだ。今日上手く行ったのは偶然も良いとこだ。

「.....帰ろう」

そう呟き、私は劇場の外へトボトボと歩みを進めた。

劇場の外は、しっかり日が暮れて闇に染まっていた。

今は何時くらいなのだろうか?早く帰って、夕飯の支度をしないと。明日の朝もコンビニのバイトが入ってる。少しでも寝ないと。

そんなことを考えていた時

「あ、お姉さんだ!」

どこかで子供の声がした。

見ると数メートル先の自販機の前に親子連れがいた。

「ねぇママ!あのお姉さん、さっき、顔が面白いことになってたよね!」

「こら!あんま大きい声で言わないの」

他愛もない親子の会話。

いつものように愛想笑いして立ち去ろうと思った。

だが、そうはいかなかった。

小さな女の子は私の元に駆けてきたから。


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