第18話

「や、優しくしてよ?」

小学生以来のヘルメットを被り、人生で初めて鼻にフックを差し込んだ私は、不安な気持ちで自分の後ろに立つ彩奈に尋ねた。

「大丈夫、任せて。さっきの恨みは忘れてないから」

「いやホントに優しくしてよ!?」

さっきはマジでごめんなさい。

いざ鼻にフックを差し込んでみると、いかにこの行為が非現実な行為なのかを思い知らされる。

思考が奪われる。

「ヤバいヤバい。マジで恥ずかしい。どーしよどーしよ。本当に付けちゃった」

「引っ張るよー」

慌てる私を無視して暢気に彩奈が言う。

「いや待って待って。怖い怖い怖い!!」

前を見ると、お客さんが私を見て笑っている。

「ちょ!人が辛い目に遭ってるのに、何で笑えんの!」

「いやアンタもさっき、メッチャ笑ってたじゃん」

「そーいえば、そーだった!って痛い痛い痛い!」

彩奈が少しフックを引っ張ったのだ。鼻が上に引っ張られたのが分かる。

「ヤバい!マジでヤバいって!」

片手で胸を隠した状態で、もう片方の手で顔を隠す。

「いや、あの、ホントにコレはダメ....」

「何隠してんの?ちゃんとお客さんに鼻の穴見せなきゃ」

「いやそれが嫌なんだって!」

「今にも落ちそうな緩いビキニ着て鼻の穴晒しなって。ほら、両手は後ろ」

「いや難易度上がってる!せめて胸は隠しても良くない!?」

「お客さんはお金払ってくれてるんだよ」

「私の体にそんなは価値ない!」

私たちのやり取りに笑い声が起きているのが分かる。ただ、見ている余裕はない。

とにかく恥ずかしいし、とにかく鼻は痛い。

一応顔を隠していた手は胸に戻したが、やっぱり恥ずかしい。自分が今、どんな状態で他人に見られているのか想像すると顔から火が出る思いだ。

「とりあえず、もっと引っ張るよー」

彩奈が暢気な調子で言う。

「ゆ、ゆっくりね?」

と言ったものの、その要望が通る訳もなかった。

先ほどの何倍もの痛みが鼻に押し寄せる。

「痛い痛いっ!!取れる!取れるって!!」

「取れない取れない」

「いや取れるから!!待って!ストップストップ!!」

「待てない待てない」

「あぁぁぁぁぁあ!!やめてってぇ!!!」

私の必死な叫びに呼応するように笑い声の波がどっと押し寄せてきているのが分かる。

みんな私を見て笑っている。

嫌だ。無理だ、こんなの。やってらんない。


そう思うのに、心のどこかで何かが満たされるのを、私は感じていた。


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