第17話

『約束はまだ終わってない』

行原が繰り返す。

『お前はまだ、誰にも羨望の眼差し貰ってねーだろ?』

確かにそうだ。

だが、鼻にフックをつけられて、羨望の眼差しが貰えるとは思えない。

『いいからやれよ』

先程の温かい空気が一気に冷めた気がした。言葉でここまで空気が一変するものなのか。

空気が冷たい。

私が黙ったままでいると、行原が構わず言葉を続けていく。

『素人の女が顔赤くしながら水着着て豚鼻晒すとか需要しかないからやれよ』

「いや言い方!」

『な?需要しかねーだろ?やれよ。やって鼻の穴の粘膜晒せよ。アホほどみっともない顔さらせよ』

「いや待って。そこまで言われてやるわけないでしょ?てか需要ないから。誰が興味あんの素人の鼻の穴に!?」

『あるかもしんねーだろ。てかお前が数年後に有名になってたら、それだけで今日の醜態にプレミアがつくんだぞ』

「いや醜態って言っちゃってるじゃん!」

行原と言葉を交わす中で、少しずつ体温が戻っていくのを感じた。

あれ、何だろこの感覚。

お客さんの顔を見る余裕がある訳じゃない。

でも、先ほどとは違う、少しずつ温かみを肌で感じる。

『つーか何でダメなんだよ。失うモンねーだろ。素人の駄々なんて誰も見たくねーわ』

「じゃ、じゃあ、もう帰っても良くない!?」

『いやそれはダメ。絶対にダメ。神的な存在の俺はそれを許さない』

「その設定まだ残ってたの!?」

少しずつ、少しづつ、笑い声が起きているのが感覚で分かる。

何だろう、この気持ちは。

『しょうがねぇ。ここまで言われたら、もう俺に出来ることはない。ここはアレだな。アヤニャンが鼻フックつけて土下座するしかないな』

「.......え、いや何で?」

彩奈は突然話を振られて困惑する。

『ここはもう急造とはいえ、相方から誠心誠意お願いするしか.....』

「え、えー、待ってよ、またアタシ?』

彩奈のリアクションに笑い声がまた起きる。

そして、彩奈が渋々もう一度ヘルメットを被り鼻フックを装着する。

『セルフでやれよ』

「いや、さすがにソレは」

苦笑する彩奈が何故か面白くて、私はちょっと笑ってしまった。

なんか、段々バカらしく思えてきた。



ダメな自分を肯定することが。



彩奈が本日何度目かの豚顔を晒しながら懇願してきた。

「お、お願い.....やってくんない?」

必死さが面白くて、私はまた笑った。


そして、気が付くと私はその言葉に頷いているのだった。

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