第16話

鼻フックを終えた彩奈は、ヘルメットを脱ぎ捨て、赤くなった鼻を押さえた。

「大丈夫?鼻ついてる?」

「大丈夫です。ついてます」

「じゃあ良かった」

彩奈は舞台上に膝をつき脱力してしまっていた。相当参ったらしい。

チラッと観客の方を見る。なんとなく会場の温度が上がったように感じるのは、気のせいだろうか。少なくとも私は暑い。

なんとなくひと段落した気もする。

この状態から、どうまとめれば良いのだろうか。

隣の彩奈を見るも、まだヘタっている。

もう、テキトーに喋ってオチつけた方が良いのではなかろうか。

うん、そーだ。そーしよう。

そう思い、センターマイクに向かって話そうとした次の瞬間



『じゃ、次はハルピョンだな』



地獄の声がした。いや正確には天からなんだけども。内容は地獄からである。

良い感じに暑かった筈なのに、急に寒くなった気がした。

私はセンターマイクに顔を近づけた。精一杯の笑顔を作る。コンビニ店員をやっていて良かった。作り笑顔のクオリティは常に高い。

「いやなんでやねん〜!やるわけないやろー。どーも、ありがとうございましたー」

棒読みで口上を並べる。そして、そのまま舞台からはける。

「いやいやいやいや!ちょっと待てぃ!!てか何その下手な関西弁!?」

私を彩奈が呼び止める。

「え?」

「いや何でそんな不思議そうな顔できんの!アンタもやんなきゃ!」

「え、やりたくない」

もう十分この舞台は満喫した。きっと、これからの人生で、こんなスポットライトを浴びることはない筈だし、私は今日のことを忘れることはないだろう。お客さんが笑う姿を見るのは、単純に楽しかった。

良い経験になった。他人には話せるようなものではないが。

それに、舞台に立つ人がどれだけ大変か分かった。こりゃ大変だ。

私には毎日、お客さんを楽しませていくだけのポテンシャルはない。

私はスターにはなれない。が正しかったんだ。

「いやいやマジで逃げる気!?そりゃ嫌かもしんないけど......」

彩奈はお客さんの前ということもあり、私がはけようとしたことも笑いにしようとしつつ、半分同情しているようにも見えた。

そりゃ同じ女の子なんだから、豚鼻晒したくない気持ちは分かるよね。それに、私は無関係の素人だし。

ごめん、そう言おうとしたとき、女ではないアイツは無情にも言うのだった。


『やれよ。まだ終わってない』


終わったよ。

心の中でボソリと呟く。

それでもアイツは言葉を続ける。


『約束はまだ』

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