第14話

行原の言葉に、私はすぐに反応できなかった。

「え、何て?」

困惑する私に、行原は先程と同じ言葉を繰り返した。

『お前がアヤニャンのフックを引っ張ってやれって言ったんだよ。あ、アヤニャンが自分で引っ張っても良いけど?』

「いや、それはマジで無理だよ!?」

彩奈が必死そうに言う。本当に嫌らしい。

その様子が何故かおかしくて、私は笑ってしまった。

「じゃ、じゃあ、私がその紐引いたら良いの?」

半笑いで聞く。

『そゆこと。分かったら早く引け』

「いや引くときはちゃんと言ってよね?」

彩奈が悲鳴に近い声で私に確認する。怖いらしい。

私は持っていた青のヘルメットを舞台上に置き、彩奈の背後に回り、ヘルメットについている紐を手にした。

左手で自分の胸を隠している為、右手で紐を持つ。

彩奈が慌てているお陰で、逆に少し冷静になったのか、観客の視線が彩奈に向いていることが分かる。

「じゃ、引くよ」

「うん」

「えい」

右手に力を込めて、下に引っ張る。思ったより力はいらなかった。

「痛い痛い痛いぃ!!」

しかし、彩奈は悶絶していた。

「ちぎれる!ちぎれるって!」

彩奈は苦しんでいるが、観客からは歓声と笑いが起きているのが見える。

おー、凄い。

私は引っ張っていた力を緩めた。

すると、彩奈は振り返り、私に詰め寄ってきた。心なしか鼻が赤くなっている。

「ちょ!バカッ!強すぎだっつの!これだから素人は!」

彩奈のツッコミに、また笑いが起きている。まさかの盛り上がりだ。そりゃそうだ。美人がここまで身体張っているのだから。

「す、すいません!ちょっと加減が分からなかったというか.....」

「いや加減分からないとかで済まないから!」

「ほ、本当にすいません.....」

「つ、次はちゃんとしてよ!」

「.....あ、まだやるんですね」

すごい根性。

私たちのやりとりに、また笑いが起きる。

「いや、流石に一回では終われないでしょ....」

観客に聞こえないほど小さな声でボソッと彩奈が呟くと、観客の方へ向き直った。

なるほど、タレント精神みたいなものなのか。

「じゃ、もう一回いきますよ」

「うん」

私は、もう一度紐を引っ張る手に力を込めた。

今度は少し弱めに。

彩奈がまた痛がる。

「痛い痛い痛っ.....ちょっと待って」

彩奈がまた振り返る。

「どーしました?」

私が聞くと、彩奈は鼻が吊り上がったままの顔で言う。


「いや、強く引っ張ってよ」

「え?」

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