孤島のキルケ
モモチカケル
零 ヨモギ祭り前夜。きるけえ伝説を聞きながら
時は旧暦九月の新月前。
フリーライターである私は、とあるタウン誌の取材でウツボ海に浮かぶ
日本のアドリア海の異名をとるウツボ海に浮かぶこの島は、ウツボ海随一の漁場として名高い。
祭りの準備に沸く
「ほら兄ちゃんもヨモギ団子をようけ(いっぱい)食いんさい。ここだけの話、ここの親父さんの手作り団子の方が、道の駅のきるけえ団子よりご利益があるで」
取材の為に│
「明日の祭りの取材かいな。あんた若い男なのに良うやるな」
口からヨモギの香りを漂わせながら、とかげのような顔をした男が口をはさんだ。
「ヨモギ団子をようけ(いっぱい)食っとかんと。きるけえ様に真っ先に狙われるで」
「おうよ。きるけえ様は若くてええ男に目が無いけえのう」
それぞれウツボ海沿岸の別の港町から来たのだと言う二人は、この宿の常連だそうだ。
「お二方も、
「ワシらは
「では、お若い頃には遠泳もされたのですか」
「そうよ。旧暦九月の新月を迎える朝には、雨だろうが泳がにゃならん」
数えで十七歳になる青年たちが、沖合にある夫婦岩まで遠泳して干しヨモギを奉納するきるけえ
蛙のような顔の男が、顔をゆがめながらとかげのような顔をした男の方を見た。
「ワシらの頃は氏子は強制参加よ。今の若い男は参加せん者もおるけえな」
全く最近の若い者はとため息をつきながら、とかげのような顔をした男は数本目の団子に手を伸ばした。
「ワシらの頃は『きるけえが人さらいに来るぞ。きるけえに豚にされるぞ』と言われりゃ皆行儀が良うなってなあ」
「あるある。ワシもようけ(いっぱい)言われたんじゃ」
私はメモを片手に、二人の常連客の会話に聞き入った。
「おっ、親父待ってました! いよっ大旦那!」
蛙のような顔をした男の叫び声で、私は大広間のステージに目をやった。
サンタクロース然とした宿の主人が、ステージ上で私たち宿泊客に頭を下げて語りだす。
「昔々、
はるか西の国の出であるきるけえは、ウツボ海に浮かぶ孤島で一人寂しく暮らしておりました。
さて、ウツボ海の漁師の中にはきるけえの元に流れ着く者がおりました。タコつぼ湾の奥にあると言うきるけえの島に流れ着いた男達は、二度と島から出る事は叶いませんで――」
私は大旦那を前に激しい睡魔に襲われ、思わず広間の隅に横になる。
目を閉じると、妙にくっきりとした視界の中に、黒真珠の瞳をした美しい女が海辺でたたずんでいた。
女の目が、私を捕える。
その瞬間、脳の中心が揺さぶられるような衝撃が私を襲った。
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