第16話
「なあそこの兄ちゃん、ここにこないかい?」
「いやいや、こっちの方が美味しいぜ」
俺はその道中、ほぼ全員に話しかけられたのではないかと思える位に話しかけられていた。
「ごめんなさい。先に宿を探さないといけないんで」
「え~。今すぐ食べてよ。絶対美味しいよ?」
「ごめんなさい、連れが居るんで」
「そこの嬢ちゃん達かい?どうせ部屋別々なんだから後からでも問題ないでしょ?ほら、お兄さんだけでも」
「だから無理ですって」
こんな流れを何度繰り返しただろうか。3割くらいは連れが居ると言った段階で引き下がってくれるのだが、残りの7割の呼び込みはそのパターンだった。
皆俺を誘いたい気持ちはよく分かる。この体は誰がどう見ても大口の顧客だからな。
けど、流石に疲れるからせめて断ったことを近くで聞いていた人たちは空気を読んで引き下がって欲しいです。
結果たった200m位の道のりを通り抜けるだけで40分くらいかかってしまった。
「これが一つ目の宿ですね。4人全員で泊まれる大部屋が無いのが難点ですが、何より「ここにしよう」」
マリアが何か説明しようとしているが、もうどうでも良かった。
いくらマリアでも宿泊設備が整ってない所は紹介してこないだろうし。
「良いんですか?」
「うん、もうこれ以上歩いて人に話しかけられたくない。疲れた」
ここまで全力で走ってきても一切疲れる様子が無いくらいに強靭な肉体を持っているけれど、たった40分の間に数百人から話しかけられても平気なくらいに強靭な精神は持ち合わせてないです。
「なんか嫌な予感しかしないけど、エリックが疲れてるなら仕方ないか」
「もし変な宿であったとしてもエリック様を外に放り出せば万事解決ですから」
「リシュリューさん!?」
師匠は俺の事を配慮してくれているが、リシュリューは何故か俺を更に追い込もうとしていらっしゃる。
「この程度で音を上げていては貴族としてやっていけるわけがありません。将来ホルシュタイン家の当主になったらあの程度日常茶飯事ですよ?」
「そんなわけないよね」
この国にそんなに貴族は居ないし、居たとしてもあのレベルで声を掛けられるわけが無いよね。
「普通の方なら無いかもしれませんが、エリック様なら確かにありえますね。将来的にもっと名を挙げていくのは確実ですし。となると確かにこの程度で音を上げてしまうのは問題ですね。やはり妥協はやめましょう!」
マリアさん!?あなたもそっち側に立つんですか!?!?!?!?!?
「では早速行きましょう!」
「そうですね」
マリアとリシュリューは俺と手を繋ぎ、強引に目的地へと引っ張り始めた。
強引に力で踏みとどまることは可能だが、それをすると後が怖いので諦めて連行されることに。
「ごめん。私の力じゃ二人を止めることは出来ないよ……」
そんな中背後から俺にだけ聞こえる声で謝ってきた師匠。
良いんだ。師匠だけでも味方でいてくれるのなら……
俺は師匠が俺の味方でいてくれるということだけを心の支えとして、再び襲い掛かる数百人の呼び込みに耐えきり、
「ここが私のおススメする一番の宿です!」
なんとか最終目的地へと辿り着くことができた。
「早くチェックインしよう」
はやくゆっくりしたい俺はそのまま宿の中に入ろうとするが、
「待って」
何故か師匠に止められた。
「どうしたの?」
ふと師匠の方へ振り返ると何かを警戒しているように見えた。
「マリア様、疑うのは失礼だと承知でお伺いしますが、ここはどういった宿でしょうか?」
「この宿ですか?ごく一般的な高級宿ですよ」
マリアの言う通り、外から見た感じはただの宿。高級品とされている魔法で特殊な加工が施された頑丈な石製で5階建ての大きな建物。
ちなみに何故か地球のアパなんとかに似ている。何故かは分からないけど。
個人的には地球在住の頃に慣れ親しんだホテルに似ていて安心感があるから少し楽しみだ。
「見た目はそうだね。でも、私は騙されないよ。これ、どう見ても付き合っている男女が一緒に泊まるアレですよね」
「え!?!?」
これはどう見てもただのアパじゃん。あの名物社長が広告塔になっているアレじゃん。
ほら、この建物を見るだけで社長の顔が脳裏に浮かんでくるよ……
ね、ラブなアレじゃないでしょ?
違うと言ってくれると信じつつも俺は恐る恐るマリアの方を見る。
「バレてしまいましたか。そうです、ここはそういう宿ですね」
違うじゃん!どう見ても普通のホテルじゃん!!!
「ですよね。建物の一番てっぺんにこの建物に絶対似合わない装飾が付いてますし。普通のホテルじゃありえませんよ」
ああもう核心を突いちゃったよ師匠!!絶対に気付かないようにしてたのに!!!!
そうだよ!建物のてっぺんに宮殿特有の丸っこい奴が付いてるよ!
他がアパなのにそこでふざけるおかしなセンスの建物はラブなホテルで決まりだよ!
「そのまま押しとおせると思ったんですけどね。残念です」
もう少し粘っても良かったよ今回は。俺が味方してたんだからさ。
「流石に無理がありますよ。後リシュリューさん、あなたのことだから途中で分かってたよね?どうして止めなかったのさ」
「止める必要も無かったので」
「止めなきゃでしょ!」
「いえ、マリア様が本当におススメする予定であろう宿はこの裏でしたので。エリック様が嫌がると思ったら自ら進んで入ろうとしていらっしゃって若干引いておりました」
「先に言ってよ!!!!!」
疲れたしもう一回あの人混みに戻るのは嫌だからどう見てもラブなホテルだけど普通のホテルと思い込もうとした俺の覚悟を返して!
その後裏のホテルに向かった俺たちは、ちゃんと一人一人別の部屋を借りた。
ちなみに食事は宿が出してくれた。
マリアは事前に俺が散々声を掛けられることを察していたらしく、食事付きの宿から選んでくれていたらしい。
流石はマリア。変態な所以外は完璧な女性である。
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