第15話

 丁寧ってなんだろう。壊れやすいってことなのかな。もしかして忍術で作ったからちょっとした衝撃で消えるのかな。


 とりあえず俺は丁寧に下の方を掴み————!!


「どうかしましたか?」


 俺が咄嗟に駕籠から手を離したことに気付いたリシュリューが心配そうに聞いてくる。


「この駕籠、なんか生暖かくない?」


 ただの木材なはずなのに、少し暖かいのだ。


 まるで人肌に触れたみたいに。


「ああ、それですか。当然ですよ。これは私の分身ですし」


「分身?」


 分身ってあなた駕籠じゃないでしょ。


「はい。私の分身に変化してもらったんです」


「ええ……」


 何でもありだな忍術。


「ですので丁寧に扱ってくださいって言ったんですよ。それでは」


 リシュリューはそう言い残して籠の中に入っていった。


「えっと……」


 目の前にあるのは駕籠だけど、リシュリューなんだ。


 つまり解決したと思った問題は全く解決していなかったってことだよね。


 騙された……


「やるしかないか……」


 俺は半ば諦めの気持ちで駕籠を持ち上げる。


 一応駕籠を持ち上げている筈なんだけど、触った感触が全然駕籠じゃない。


 人を持ち上げている気がする……


『太ももの内側に触らないでください。もう少し外側をお願いします。セクハラですよ』


「あ、え……」


 俺は駕籠から聞こえてきた声に反応し、咄嗟に手を外側に置く。


 もしかして駕籠の下側ってリシュリューの下半身ですか……?


 しかもさっき触ってた場所って服じゃなくて人の肌そのものだったよね。


「あっ……」


『どうしましたか?』


「いや、何でもないよ」


 今持ち上げている駕籠ってもしかして服を……


 駄目だ駄目だ。そんな事を考えたらおしまいだ。


「じゃあ行きます!」


『はい。それでは真っすぐ進んでください』


 俺は考えることを止め、リシュリューの指示に従って全力で走った。



 それから約6時間後、無事にアレダ領の入り口付近に辿り着いた。


「こんなに早く着くとは……流石エリック様です」


「マリア様のお陰で揺れも無かったし、凄く快適だったよ」


「お疲れ様です」


「疲れた……」


 3人が元気そうにしている中、憔悴しきった俺は座り込んだ。


 これなら3人を直接持って連れて行った方がマシだったよ……


「はやく領内に入りますよ」


 駕籠から降り、分身を解いたリシュリューが急かすように言ってきた。


「分かってるけど少しくらい待って」


「駄目です」


「まあまあ、結構な距離走ったんだからね。許してあげなよ」


 厳しいリシュリューに対し優しくたしなめる師匠。ありがとう、師匠。


「でも早く宿に入らなければいけません。もう夕方ですよ?」


 マリアは俺の味方をしてくれると思っていたが、そんな事はなかった。


「マリア様の言う通りです。さっさと行きますよ」


 リシュリューは俺の手を引っ張って強引に立たせてきた。


「うん……」


 このまま座り込んでいても迷惑が掛かるだけなので残っていた体力を振り絞って3人についていく。




「身分証、もしくは許可証を見せてください」


 アレダ領入り口の門に辿り着くと、門番に止められた。


 見た感じ腐敗しているようなことはなく、とても真面目そうな方々だ。


「私とそこのリックの分の許可証です」


 師匠は俺と師匠の分の許可証を見せる。


「はい、承りました。リザ様とリック様ですね」


「ありがとうございます」


 偽名で入ることに罪悪感を覚えながらも、俺はお礼を言った。


「では私の分です」


 次に門番に何かを渡したのはリシュリュー。


「はい、冒険者のリシュリュー様ですね。問題ありません」


「え」


 リシュリューって既に冒険者だったの?


「嗜む程度なのでBランクですが」


「凄くない?」


「いえ。そんなことはありません」


 なんかめちゃくちゃ謙遜してるけどBランクって結構凄いよね。


 この世界の冒険者事情は分からないけど、一般的にBランク冒険者ってその道20年を超えるベテラン達の中でも最上位の人がやっているものってイメージがある。


 それをメイドやりながら15歳でって……


 流石パーフェクトメイド。


「それでは最後に私ですね」


 マリアは俺達と同じように許可証を渡していた。


「はい、承りました。アンジェ様ですね」


「はい、ありがとうございます」


 一切悪びれもせずに本名とは程遠い名を名乗るマリア。



 マリアと比べたら俺はまだマシかもしれない。ちょっとだけ罪悪感薄れてきた。


「これで全員の確認が終了しましたね。それではご入場ください」


「はい」


「ありがとうございます」


 半分本名、半分偽名の俺たちは門番に見送られ、アレダ領の中に入った。



「はいいらっしゃい!美味しい焼き鳥だよ~!」


「こっちはお好み焼きだ!秘伝のソースと相まってめちゃくちゃ美味いぞ!」


「いらっしゃい!なんでもあるぞ!困ったらウチに来てくれ!」


 すると真っ先に耳に入ってきたのは店員たちの呼び込みの声。


 どうやらそれは入り口付近だけに限った話ではないらしく、奥の奥まで数多くの飯屋がひしめき合っているようだ。


「すごいね」


 お祭りでも中々お目にかかれることのない店の活発さに思わずそういう感想が出た。


「アレダ領は食の街ですからね。話によるとどうやらアレダ領の7割ほどの方が食べ物に直接関わる職業についていらっしゃるとか」


「7割って」


 流石に供給過多な気がするんだけど。絶対店余ってるよね。


「ですので基本的に自分の家でご飯を食べるという文化が無いようで、ほぼ全員が毎食外食をしていらっしゃるそうです」


「確かにこれだけ店があるのにどこも繁盛しているし」


 言われてみればどこの店も客が入っている。


 にしても毎食外食って恐ろしいな……


 俺がこの街に居たらあっという間に200㎏の大台を超えてしまいそうだ。


「早速ご飯をと言いたいところですが、宿を決めてからですね」


「だね」


「事前にアレダ領の宿はある程度調べてありますので、早速回ってみましょうか」


 どうやらマリアは事前に調べてくれていたらしい。


「ありがとう」


「では行きましょうか!」


 いつも以上に元気なマリアに連れられ、宿を探すことに。

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