第4話

「ふう、良い練習になった。ありがとうエリック」


「毎回毎回知らない戦術が飛び出してくるからやっていて楽しかったよ」


「一勝が限度だったがな」


「それでもだよ。あ、そうだ。お菓子の件だけどありがとう。マヤに付き合ってくれて」


 会ったら真っ先に言おうと思っていたのに試合に夢中で完全に忘れていた。


「それか。最初はマヤの為に頑張っていただけだったが、途中から楽しくなってきてな。修行以外の新たな楽しみができてこっちとしても良かったよ」


「お菓子作り、嵌ったんだ」


「ああ。やればやるだけ美味しさという形で反映されるのが修行と似ていて楽しくてな。そうだ、今度チョコレートケーキに挑戦しようかと思っているんだが、良かったら食うか?」


 マジか。この世界ホットケーキミックスも炊飯器も無いから簡略化出来ないはずなのによくやるな。


「それは凄いね。食べてみたい。ちなみにどこで作り方を知ったの?」


「本物を買ってきて、食べながら何を使っているかを推測して作っているぞ」


「え」


 急に心配になってきた。それメシマズな人が良くやる手口だよ。


「そう心配するな。マヤのクッキーは食べただろ?アレは私が教えたんだから」


「なら安心かな?」


 マヤが気を利かせて失敗しないように誘導した線もまだ残っているが、マヤもライラのお菓子作りは上手だと言っていたし大丈夫だと思う。きっと。


「楽しみにしていてくれ。プロに勝てる美味しさのケーキを作ってきてやる」


「うん、そうするよ」


 それから俺は更衣室で元の服に着替え、夕食を家族と食べ、自室に戻った。



「ねえエリックさん。何を考えているのかな?」


 部屋に戻って早々、待ち構えていた師匠にそう言われた。


 何か不味い事でもしただろうか?


「え、何かやった?」


「何かやった?じゃないよね。エリックはダイエットをしたいから私を連れて来たんだよね。なのにどうしてマヤちゃんとお菓子をあんなに食べちゃうのかな?」


「あっ……」


 マヤの可愛さのあまりカロリーを考えていなかった。だってあんな可愛い顔で食べてって言われたら食べるしかないじゃん。


「まあマヤちゃんは可愛いから気持ちは分かる。けど、もう少し自嘲しなさい」


「はい、以後気を付けます」


「それで次のダイエットなんだけど、シンプルに摂るカロリーを減らそうか」


 食事制限か。どれだけ頑張ってもカロリーを消費できない以上、摂取するカロリーの量を減らすってのは妥当な案だ。


「でもそれって」


「そうだね。普通にやろうとすると皆にバレちゃうね」


「だよね」


 目に見えて結果が出るまではダイエットをしていることは隠しておきたいため、食事制限は難しいはず。


「でも、一つだけ君がバレないで済むタイミングがあるんだ。それは朝食だよ」


「なるほど」


 確かに貴族の場合、朝食は自室で食べることになっているため、マヤや両親に気付かれることはない。


「でも朝食ってそもそも少なくない?」


 しかし、朝食は寝起きの為食べやすい物ばかりで、太る原因になりそうな高カロリーな品は入っていない気がする。


「と思うでしょ?でもね、実はここの朝食って寝起きでも食べやすくするために普通の物よりもカロリーが大きいんだよ」


「そうなの?」


「うん。分かりやすいのはパンかな。あれ、食べやすいように通常のパンの4倍くらいバターが入ってるんだ」


「本当に!?」


「ほんとほんと。実際に作っている工程見せてもらったし」


 マジか。だからあんなに朝食は美味しかったのか。毎日気持ちのいい目覚めだったから美味しく感じていたわけじゃないんだ。


「というわけで私は料理人から許可を貰って来たので、明日から朝食を作るよ。量とカロリーを減らしていこう」


「はい!」




 そして翌朝から俺は師匠の作るカロリーと量を減らした朝食を食べ続けた。


 3食の内のたった1食だから効果は薄いかと思われたが、運動の時とは違い順調に体重を落としていった。


「この調子でいけば期日までに余裕で間に合うよ、師匠!」


「そうだね。このまま頑張っていこう」


 痩せるための光明が見えてきて、俺も師匠もやる気が最高潮に上がったタイミングで、


「会いたかったです、エリック様!!」


 俺の婚約者が遊びにやってきた。



「久しぶりマリア」


 婚約者の名前はマリア・バルベラ。真っすぐ鎖骨の辺りまで伸びた綺麗なブロンドヘアが特徴の非常に清楚な女性だ。


「はい!早速ベッドに行きましょう!」


 まあ見た目だけなんだが。


「行くわけないでしょ」


「はっ!もしかして私一人じゃ物足りないから行きたくないと。そうですね、ならライラさんを呼んできますね!!」


 このマリアという女性は、脳内ピンクのド変態なのだ。事あるごとに俺をベッドに連れ込もうとしてくる。


「待て」


「はい!おあずけということですね!」


「違う!!そもそも結婚していない男女でするような事じゃないでしょ!」


「結婚はしていませんが、結婚することは決まっているじゃないですか。なら問題ないのでは?」


「問題しかないが。とにかく、絶対にそういう事はしないからな」


「そうですか……」


 残念そうな表情をするマリア。絶対演技だが。


「とりあえず父さんと母さんに挨拶に行くぞ」


「はい!」


 元気に返事をしたマリアは俺の太い腕に抱き着いてきた。


 婚約者だしこれくらいなら問題無いか。




「というわけで本日から3日間、イヴァン様の邸宅に泊まらせていただきます」


 俺達は両親の居る書斎に向かい、マリアが泊まることを報告した。


「ああ。まだ結婚はしていないが、もう私たちの家族のようななものだ。好きなようにするといい」


「はい、ありがとうございます」


「マリアさん。久々にお会いしたことだし、2人でお茶でもどうかしら?」


「はい。お義母さまとは話したいことがたくさんありますので」


「それは嬉しいわ。では早速行きましょう」


「喜んで」


 そのままマリアは母さんとお茶をしに庭に向かった。


「にしても良いお嬢さんだな。お前の婚約者としてあの人以上に素晴らしい方はそうそう居ないだろう」


 お茶に向かう二人を見送った父さんは、俺にだけ聞こえるような大きさでそう言ってきた。


「そうかもね」


 マリアは父さんと母さんには非常に気に入られている。というのも、マリアは両親の前では本性を隠しているからである。


 中身がアレな所以外は理知的で美人で人当たりも良い理想的な女性そのものだからな。


 実際貴族同士が集まる会合なんかではマリアの本性を知らない男性からひたすら言い寄られ続けていたらしいし、縁談の話も大量に舞い込んできていたと聞いている。


 別に本性を曝け出しても好きだと言ってくれる男性はいくらでもいると思うのだが、どうして縁談の話を親が勝手に送っただけでアプローチすらしてない俺を選んでくれたんだろうな。


「おにいちゃん、パパ、あの女はどこに行った!?」


 そんなことを考えていると、血相を変えたマヤがやってきた。


「あの女じゃない。マリアさんだ。将来的に義姉になる相手だぞ」


「あの女がおねえちゃんになるなんて絶対いやだ!!!」


「ははは、エリックと離れたくないんだな。相変わらずマヤはエリックの事が好きだなあ」


「そうだけどそういう意味じゃない!!」


「どうしてこんなに嫌っているんだろうな」


「どうだろうね」


 父さんと母さんと違ってマヤはマリアの事をかなり嫌っている。


 本性を知っているからなのか、それともまた別の理由なのか分からないが、マリアが俺に近づこうとすると間に入ってきて引き離そうとしてくる。


 今日はマヤが来なかったので大丈夫になったのかなと安心していたが、単に気付くのが遅れてしまっただけのようだ。


「で、あの女はどこ!」


「庭で母さんとお茶してるよ」


「おかあさんナイス!おにいちゃん、ついてきて!」


 俺はマヤに引っ張られ、マヤの部屋へと連れてこられた。


「おにいちゃんは一日、ここにいて!わたしはその間かていきょうしさんと勉強するから!」


 そう言い残してマヤは部屋を出て行った。


「えっと……どうしようか」

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