第3話

「おにいちゃん、おいしい?」


「うん、美味しいよ」


 俺は師匠に第二の方法が失敗したことを伝えた後、庭で妹のマヤが作ったクッキーを食べていた。


「やったあ!あとでライちゃんにお礼をいわなきゃ!」


「あの人に教えてもらったの?」


「うん!ああみえてお菓子作りがじょうずなんだよ!」


「意外だね」


 マヤがライちゃんと呼んでいるのは、ホルシュタイン領を守るレモマ騎士団の副団長であるライラ・スレイという女性である。


 まだ俺の3個上の18歳という若さで副団長になった天才で、強くなる事が最優先というどこぞのスーパー戦士みたいな性格をしていたはずなのだが、乙女のような一面を持ち合わせていたんだな。


「私がおかし作りに苦戦しているって話をしたら、手伝うためにれんしゅうしてきてくれたんだ。そしたらいつのまにか私よりも上手になってた!」


「なるほどね」


 昔からライラはマヤのことを可愛がってくれているからな。マヤと美味しいお菓子を作るために好きな訓練を休んでまで毎日練習してくれたみたいだ。


「ん?」


「どうしたのおにいちゃん?」


「いや、なんでもないよ」


 どこかから視線を感じた気がするんだが、勘違いだろうか。


 まあこの領地に悪人が入ってくることは無いし、居ても俺が撃退すれば良い話だしな。見つかったらどうにかするってことで良いか。


 今はそれよりも、


「こんどはこっちもたべて!」


「うん」


 可愛い可愛いマヤと一緒に遊ぶことの方が大事だ。



「マヤ様、勉強のお時間です」


「分かった!おにいちゃん、じゃあね!!!」


「また遊ぼうな」


 そんな幸福な時間もあっという間に過ぎ、マヤは勉強に向かってしまった。


「ってことで俺も行かないとな」


 俺も俺で勉強をしに行かないとな。




「——というわけです」


「つまりこういうこと?」


「惜しいですね。この高さだと上側に居ても当てにくくなりますので、敵を減らすという目的ならばもう少し低い所に陣取った方が良いですね」


「なるほど。圧倒的有利な位置なら必ず強いってわけじゃないんだ」


「はい」


 俺は家庭教師の授業に頭を悩ませながら取り組んでいた。


 神は全てをマシマシにしてくれたはずなのに知能だけは何故か元のままだった。あれだけチートを与えてくれるんならこっちの方もマシマシにしてくれよとは思うが、何か理由でもあるのだろうか。


「ちなみにマヤはどのくらい進んでいるの?」


「そうですね、先週この辺りを終わらせたと聞いております」


 家庭教師が示したのは、俺が半年前に勉強した所だった。


「明日からペースを上げてもらえる?」


「大丈夫ですか?今でもかなりのペースですけど」


「大丈夫。体力には自信があるから。まだマヤに追いつかれるわけにはいかないから」


 マヤは俺と違って天才だ。しかしまだたったの8歳である。


 いずれ負けてしまうとはいえ、せめて年齢が二桁になるまではすごい兄でいたい。


「分かりました。しかし、覚悟はしていてくださいね?」


「分かっているよ」


 明日から地獄だけれど、マヤの為に、そして俺の為に頑張ろう。


「じゃあ次は騎士団の所で剣術の練習だね」


「はい」


 もう誰にも負けないくらいに強いから行く必要も無い気がするけど、騎士団の人たちとの交流は大事だからね。


 それに今日はライラにお礼をしないといけないし。


「今日はありがとうございました。また明日もよろしくお願いします」


「はい、こちらこそ」


 俺は家庭教師にお礼を言って騎士団の居る訓練場へ向かった。


「ふっ!」


「はあっ!」


 訓練場に着くと、真っ黒なシャツとズボンを身に纏った集団が汗を流しながら素振りや模擬戦をしていた。


 全員引き締まった筋肉質な体をしているという事もあり、汗を飛ばしながら懸命に頑張っている姿が非常に様になっている。


「皆様お疲れ様です」


「「「お疲れ様です、エリック様!!!」」」


 俺が挨拶をすると、皆手を止めて挨拶をしてくれた。


「いつもありがとう。着替えてくるから皆訓練に戻って」


「「「はい!!」」」


 俺的には別に挨拶したらすぐに訓練に戻っても良いと思うんだけど、そうしたらライラに怒られるらしいからな。


 俺は更衣室に置いてある俺専用の練習着に着替えた。


「相変わらず酷いなあ……」


 カッコいい騎士団の人たちが着ているものと作りが同じぴっちり系なんだが、ありとあらゆる所から肉が溢れ出していて凄くダサい。


 せめてぽっちゃりだったら顔は良いから有能キャッチャーとして様になっていただろうに。


 痩せたいという気持ちを一層強めた後、訓練場に再度戻った。


「ということでライラ、よろしく」


「ああ。といってもまだエリックの方が強いけどな」


 基本的に俺の訓練はライラとの模擬戦だけである。昔はちゃんと剣術の訓練をしていたのだが、俺の身体能力が高すぎたので人間の型を練習させるより対応力を高めた方が強くなれると騎士団長であるエルジン・ヘイズが判断して以降はこの形になった。


 ルールは単純で、10m四方の試合場で戦い先に攻撃を当てた方が勝ちとなる。


 ただ怪我を避けるため寸止めではあるが。


「準備は出来たな。では試合始め!」


「じゃあ行かせてもらおう!」


 ライラは両手に持った二つの木剣と共に正面から襲い掛かってくる。


「おっと」


 ライラは片方の木剣で心臓目掛けて突いてきたため、横から木剣をぶつけて軌道をずらす。


「はっ!」


 剣ごと腕を弾き飛ばしたので本来なら体勢を崩せるのだが、そうはいかなかった。


「マジか」


 何故ならライラは突いた瞬間に木剣を諦めていたらしく、力を入れずに握っていたようだ。


 弾き飛ばした木剣は試合場の外に落ちていた。


 そのままライラは残った方を両手持ちに切り替え、更に距離を詰めながら薙ぎ払おうとしている。


 流石に剣じゃ間に合わないよな⋯⋯


 そう判断した俺は咄嗟に後ろに飛びのいた。


「これでも無理か⋯⋯!」


 ライラが振るった木剣は俺のお腹を掠めた。


 危なかった⋯⋯


 ウエストが後5cm大きかったら負けだった。


 しかし、これを避けられたのならこちらの番だ。


 一旦距離を取った俺は、真正面から突進する。


「!」


 ライラは正面に剣を構え、防御を試みる。


 だから俺は剣の射程に入る前に跳躍した。


 俺の体はライラを飛び越え、地響きを鳴らして背後に着地した。


 そして俺はライラの首筋に剣を当てた。


「勝負あり!エリックの勝利」


 体重が重く、落下速度が速かったからこそ出来た攻撃だ。


 ぶっつけ本番だったが、上手くいって良かった。


「また勝てなかったか。エリックは強いな」


「ライラこそ」


 俺は圧倒的なステータスを持っているのに毎回苦戦させられている。こんなチートじゃなくて本物の天才ってのはこういうことを指すのだろう。


 俺たちは実力を認め合い、握手を交わした。


 そして試合を見ていた団員たちはこの戦いに拍手を送る。


 ということもなく、皆俺たちの試合をスルーして訓練をしていた。


 これは団長がそう指示しているから。


 まあステータスがマシマシなだけの奴と二刀流で戦う奴の試合とか見ても参考にならないからな。


「お疲れさん。今日は何試合やる予定だ?」


「そうですね…… 何試合する?」


「そうだな、エリックはこれから夕食までやることはあるか?」


「全部終わらせてきたから無いよ。夕食までやる?」


「ああ」


「というわけで何試合か分からないけど夕食までやりますね」


「分かった。ただ、審判をするのは後2試合だけだぞ。他の団員の指導をしなきゃなんねえから」


「「はい!」」


 それから俺とライラは夕食まで延々と試合を続けた。

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