第2話
「やっぱり痩せるとなれば運動が一番健康的だし効果的だね。エリックはその体型だけど人よりも動けるし、問題ないと思う」
部屋に着き、誰も聞いていないことを確認してから師匠はそう言った。
「そうだね、師匠」
師匠の言う通り、運動は何よりも優れたダイエットの方法だ。
それに何より運動で痩せたらカッコいい体になる。
「エリックの賛同も取れたところで、山に行こうか」
「山?」
「エリックの事だから痩せようと努力している所を他の人達には見せたくないんでしょ?だから山で走るんだよ」
「流石師匠!」
俺の心理を完璧に理解してくれている。やっぱり師匠を選んで正解だった。
「じゃあ行こうか」
夕食後、俺とリザは誰にも見つからないように家を抜け出して家の裏にある山に向かった。
「これからしばらく、一日一回この山を登って降りてもらおうかな」
「分かりました!」
この山はそこまで大きくないとはいえ、往復すると20㎞ぐらいはあるだろう。
毎日20km走れば確実に痩せるな。地球でも毎日腕立て伏せ100回、上体起こし100回、スクワット100回、ランニング10kmというメニューをこなしていた人がたった一月で良い体を手にしていたし。
あの人よりも体重が多いとはいえ、倍走ればその差は埋められるだろう。なんならこっちは山道だからな。
じゃあ行こうかな
「あ、ちょっと待って」
と思い走る構えをしたタイミングで師匠に呼び止められた。
「何?」
「流石にエリックのペースに付いていけるわけがないから私を背負って走って」
「うん。じゃあ乗って」
130㎏の肉塊に女の子一人が乗っかるなんて誤差レベルだから俺は特に何も思うことなく受け入れた。
「よいしょっと」
「軽いね」
「そりゃあ痩せたからね」
そう言って師匠は俺の背中にしがみつく。
「あ」
「どうしたの?もう行くよ?」
「う、うん。分かった」
おんぶをする前の段階では体重の事しか考えていなかったのだけれど、相手が師匠なのだからもう一つ考えなければならないという事を失念していた。
それは、胸だ。脂肪が胸に蓄積されるとかなんとかで太っている人は胸が大きいという俗説がある。元々太っていた師匠もその例に漏れず、巨乳なのだ。
つまり、おんぶをするとその大きな胸が俺の背中にクリーンヒットする。
それは余りにも幸せな感触なのだが、これは俺が痩せるために師匠が仕方なくやってくれていることなわけで。
これで幸福を感じてしまうのは大罪である。
「ちょっと!?速くない!?」
「一応夜だから。のろのろ走ってたらモンスターに襲われるかもしれないからね!」
ということで俺は師匠に負担にならないようにしつつ高速で山道を駆け抜けつつ、胸を意識しないように目の前の道だけに意識を向けていた。
「お、お疲れ様」
「うん、師匠」
その結果、20㎞を20分で走り抜けるというボルトもびっくりな大記録でランニングを終えた。
「と、とりあえずしばらくはこの距離でやろうか。食べた分以上のエネルギーは間違いなく消費しているだろうし」
俺はそれから3週間、師匠を背に乗せる忍耐のランニングを続けた。
その結果、
「全く痩せなかったね、師匠」
何故かマ○コ・デラッ○ス体型のままだった。
「いや、1週間たっても変化が無かったから怪しいなと思っていたけど、まさか全く変わらないとは思わなかったよ」
「何故ですかね」
別に走った分多く食べているというわけでもないし、常人なら確実にムキムキになる位走ったはず。
師匠はこれよりは強度が低いものの、運動で痩せているからこの世界の人間が運動で痩せないという特殊体質なわけでもない。
「やっぱり、20㎞のランニングじゃあエリックには足りなかったのかなあ」
「足りない?」
「だってエリックはさ、20㎞のランニングで疲れた?」
「確かに疲れてないかも」
走った後の清々しい気持ちはあったけど、正直疲れてはいなかった。
「多分エリックの身体能力が高すぎてこの程度じゃエネルギーが消費できてないんだろうね。毎日背中に張り付いていたけど湿り気すら感じなかったし」
「じゃあどうすれば……」
「とりあえず運動で痩せるってのは難しいだろうね。多分毎日10時間とかランニングしないと無理だよ」
「マジですか……」
マシマシになった身体能力に阻まれ、俺の人生初めてのダイエットは無残にも失敗となってしまった。
「ねえエリック。次の方法を考えたよ」
「本当!?」
ランニングでの痩せを諦めた翌日、師匠はそんな知らせを持ってきた。
「その方法とは、よく噛んで食べることだよ」
「なるほど!」
日本で生きていた時もよく噛んで食べると痩せられるって聞いたことがある。
確か食べ物を口の中で細かくすることで消化が良くなるだとか、脂肪になりにくいとかだっけ。
「一応食事の時にどこかから見ているから、少なかったら言うよ」
俺はよく噛んで食べることを意識し、昼食に挑むことに。
「今日は刺身か。何かめでたいことでもあったのか?」
「別に何も無いわよ。昨日大量に魚が取れたらしいから、使用人が買ってきてくれたのよ」
「なるほどな。じゃあ食べようか」
「うん!」
いただきますのような言葉はこの世界に存在しない為、父さんの一言でご飯を食べ始める。
今日の献立は刺身に白ご飯、きのこのミルクスープにサラダだ。
和と洋が混じりあっている奇妙な並びだが、3年も過ごしている内に慣れた。
それに今日はマシな方だ。チャーハンとムニエルが同居していたり、ハンバーガーとお吸い物がセットになっていたりするのだ。
まあ使われている食材が地球のものと違うので見た目よりは調和しているから不満は無いが。
そんなことよりも、俺はよく噛んで食べることを意識せねば。
俺は刺身を口に入れ、しっかりと味を噛みしめながらひたすら咀嚼する。
無くなった所で次の食材を取り、また無くなるまで咀嚼。
ん?
「師匠、多分これは駄目です」
俺は食後、師匠にそう報告した。
「何か不味い事でもあったのかい?ちゃんと良い感じに噛めてたと思うけど」
「それはそうだけど、俺は元々かなり咀嚼して噛んでいました」
「なるほどね……」
よくよく考えてみると、俺はそもそも二郎を無理なく胃袋へ収めるためによく噛んで食べることが習慣になっていたのだ。
というわけで師匠の提案した第二の方法も失敗に終わった。
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