第5話

 部屋に取り残されたのは俺だけではなく、メイドのリシュリューもである。


「そうですね。とりあえずマヤ様の言う通り、戻ってくるまで待機していただきたいですね」


「一応俺は勉強しないといけないんだけど」


 いくらマリアが遊びに来たといっても、貴族としての本分は果たさなければならない。


「それに関しては問題ありません。事前にマヤ様が今日の分はキャンセルだと伝えておりますので」


「マヤ……」


 そこまでして俺とマリアを引き離したいのか……


「時間を潰すための道具はこの部屋にいくらでもありますので、それで遊びましょう」


「そうだね」


 マヤの部屋には何故か棚に大量の遊び道具が完備されていた。


 前来た時は大量の本とぬいぐるみでいっぱいの部屋だった筈なんだけど、ぬいぐるみの方は数が減っていたし、本に至っては全て消えて無くなっていた。


 本なんて読まず俺はリシュリューと遊べってことなのだろうか。


「とりあえずこれでもしましょうか」


 リシュリューが選び机の上に置いたのは囲碁並みに升目が多いチェス盤と、チェスの駒に近い何かだった。


「これは?」


「リェスです」


 チェスじゃないんだ。


「ルール分かんないから教えてくれる?」


「はい」


 それからリシュリューにルールを説明してもらった。


「ありがとう。大体分かったよ」


 基本ルールはチェスと同じだったが、駒の挙動だけが思いっきり違った。


 ポーンがクイーンみたいに移動したり、クイーンは自分の駒を全部貫通して攻撃が出来る等、全体的にアグレッシブなものになっていた。


「では始めましょうか」


「うん」



 それから20分後、


「これで詰みです」


「え、いつの間に!?」


「ほら、どこに逃がしても取られますよね?」


「うわっほんとだ……」


 結果は惨敗だった。一応チェスも将棋も遊んだことあるので、初見でもどうにかなるだろうと思っていたのだけど、そんなことは無かった。


 全ての駒が四方八方に動いてくるので、考えることがあまりにも多すぎるのだ。


 せっかく二人になったので何か雑談でもしようかとか考えていたが、今目の前にあるゲームをどうにかすることで精一杯だった。


「これは俺には難しすぎたみたいだ。他のゲームで良い?」


 何とも申し訳ない話だが、このまま続けるのもリシュリューには悪い。


「そうですね。では……」


 それからしばらく、マヤが用意していたゲームでリシュリューと遊んだのだが、先程のリェスと同様に地球に存在するゲームをダイナミックにしたものばかりだった。


 どの世界に住んでいようと考えることは同じだが、好みは違うということだろうか。


「また負けちゃったよ…… 強いねリシュリュー」


「エリック様が弱いだけです」


 どのゲームも何が正しい行動なのかが分からないままリシュリューにボコボコにされ続けていた。


「ごめんね」


 こっちは強敵に挑めて非常に楽しかったが、雑魚を相手にさせられていたリシュリューは張り合いがなくてつまらなかっただろう。


「表情を変えながら悩む姿が見ていて面白かったので別に何とも思ってませんよ」


「そんな表情に出てた?」


「はい、ばっちりと」


 確かに難しすぎて悩んでいたのは事実だが、そんな滑稽だったかな。


「とりあえず次だ!」


 次こそは勝ってやろうと意気込みつつ、今度は俺がゲームを選ぶため棚に向かう。


 これはどうだろうか。すごろくみたいなゲーム。運要素が結構強いはずだから良い勝負が出来るはず。


「これとかどうかな?」


「エリック様!!!!!!」


 隣にきたリシュリューに次のゲームを見せようとしたタイミングで、マリアが勢いよく扉を開けて部屋に入り、勢いよく俺に抱き着いた。


「マリア!?どうしてここに?」


 ここはマヤの部屋だ。普通ここに俺が居るなんて分かるはずが無いんだけど。


「マヤさんが考えそうなこと位分かりますよ。だって将来の妹なんですから!」


 いや、その理屈はおかしい。


「マリア様。ここはマヤ様の部屋ですので勝手に入られると困ります」


 リシュリューはマヤの言いつけを守る為なのか、淡々とマリアを俺から引き剝がし、部屋の外へ連れ出そうとしている。


「あらかじめお義母さまの許可を得ているので大丈夫ですよ」


 なんで?流石に用意周到すぎませんかね。


「そうですか。しかしマヤ様が嫌がるので控えていただけると助かります」


「マヤさんは照れ隠しをしているだけですって。ほらほら、ここにあるゲームでもしましょうよ」


「マヤ様にマリア様がゲームで遊ぼうとしたら是が非でも止めるようにと言われておりますので駄目です」


 強引に3人で遊ぶ方向に持って行きたいマリアと、マヤのためにどうしても阻止したいリシュリューの静かな争いが繰り広げられていた。


「ではそれなしで遊べばいいのですね。というわけで王様ゲームをやりましょうか!」


 そう言ってマリアは胸元から三本の木の棒を取り出した。


「どこから出してるの!」


「おっぱいからですが。棒を収納する場所といえばここ以外ありえないじゃないですか。まさか……」


 マリアは顔を赤らめながら下半身のどこかを両手で押さえた。


「違うから!」


 まったく何を考えてるんだこの子は。


「とりあえず、王様ゲームのルールは分かりますね?この赤いマークがついた棒を取った人が王様として残りの二人に命令ができるんですけど、」「やらないよ!?!?」


 こんなゲームに参加したら何を要求されるか分かったもんじゃない。


「しかし、これは平民の方々が互いの親睦を高めあう際に重宝されている定番のゲームなんですよ?私、リシュリューさんと仲良くなりたいのです」


 言い方だけだと健全に聞こえるけど、騙されないからね。


「ありがたい申し出なのですが、流石にマヤ様の部屋でやるのは問題かと。せめてエリック様の部屋か外なら良いのですが」


 えっとリシュリューさん、どんなゲームか分かって話してる?


「では明日にでも3人で。あ、そうだ!ライラさんもお誘いしましょう!きっと喜びますよ!」


「だからやらないよ!?何言ってるの!?」


 もしそんなゲームに参加した次の日には俺が牢屋に閉じ込められてるよ。


 そして『公爵家跡継ぎ候補、ゲームと称して使用人や婚約者に猥褻な行為を強要したとのことで逮捕』みたいな新聞が国中に回るだろう。


「あら、残念です。4人でのプレイが出来ると思っていましたのに」


「やめてくれ……」


 俺単体にセクハラをする分にはまだいいが他の人を巻き込まないでくれ。


「ではどうしましょうか、他に出来ることはありませんし……」


「おにいちゃん!お待たせ!あそぼーーー!!!!って何で!?!?!?!?!?」


 そんな中、丁度一日の勉強が終わって部屋に戻ってきたマヤがマリアの存在に気付き絶叫した。


「申し訳ありません。お母様の許可があると言われ断ることが出来ませんでした」


 部屋を守り切れなかったことに対し平謝りするリシュリュー。


「そっか。なら仕方ないね。この女がずるい手を使ったんだもんね」


 リシュリューを許したマヤはマリアに対して憎悪の視線をぶつける。


 およそ8歳がしていい表情じゃないぞそれ。


「お義母さまの許可を得ることの何が卑怯なんでしょうか」


「ぐうう……」


 マリアの正論に何も言い返すことの出来ないマヤは悔しそうに地団太をする。


「では、4人で遊びましょうか。ね、エリック様?」


 マヤの怒りを完全にスルーしているマリアは机に座り、俺たちを遊びに誘う。


「おにいちゃん?」


 それを聞いたマヤが当然マリアとは遊ばないよね?と無言で訴えてくる。


 何が正解か分からない俺はリシュリューに助けてくれと視線を向けた。


「そうですね、とりあえずエリック様はそこに座ってください」


 意を汲んでくれたのか、リシュリューは俺にマリアの正面に座るように促した。


「分かった」


 何を意図しているのかは分からないが、とりあえず従うことにしよう。


「リシュリューちゃん!?!?」


「安心してください」


 マリアの正面に座らせた事に文句を言うマヤをリシュリューは持ち上げ、俺の膝の上に乗せた。


「ふふーん」


 膝に座らせているため表情は見えないが、多分マリアに対してどや顔をしていると思う。


「そんな、私も座りたいです!」


「やめてください。椅子が壊れます」


「あっ……」


 マリアが羨ましそうに訴えたが、リシュリューがバッサリと切った。


「これならマヤ様も文句は無いですよね?」


「うん!」


 一応これで丸く収まったのは良いけど、マリアを膝に乗せられない程に俺の体重が重いという事実を突きつけられて少しだけ悲しくなった。


 これでも少しくらいは痩せたんだけどなあ……


 ほら、この椅子俺が座っても音なんて鳴ってないよ。


 その後は4人で仲良くゲームをした後、夕食を食べた後に風呂に入ってから就寝した。

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