008. いろいろとお話をしました。









迷宮80層、フロアボスがいる階層への到着である。


『速いのー、マスター。妾がいるからとはいえなんでこの深さの階層を全力疾走できんのじゃ。マスターのステータスの正確な数値が気になるわ。一度も止まらずに駆け抜けてきたし、通常なら一ヶ月以上かかる道のりを半日で済ませてしまったのじゃからびっくりしたわ。』


剣から逃れる必要がなくなった為、ゆっくり話しながら進むことができるようになった。


「なあ……この迷宮、本当に人間に攻略できるようになってるのか?どう考えても食糧が足りないだろ。」


そう。広さの割にどう考えても攻略できるような難易度ではない。


『それなんじゃがの。実は、魔物によっては食べることができるらしいのじゃ。前のマスター、迷宮の魔物が消滅する前になんか唱えとった。そしたら魔物のやつ、そのまんま残っておった。』


「普通に敵の体躯は消えると思うんだが。」


『マスターはクマと時計と剣しか会っとらんじゃろ。猪とか鹿とかの魔物もおるんじゃぞ?そういうやつらはなんでか馬鹿みたいに大きな死骸が残りよる。』


「へえ、猪に鹿。確かにそりゃ食べられたっけな。そんな魔物がいるなんて知らなかった。」


正直飯を食う必要も無いので全く興味が湧かない。人間のままだったらこのネタに食いついたかもしれんな。……食べ物だけに。


『つまらんギャグをかますなマスターよ。で、どうしていつまでも扉がないのじゃ。さっさと開けて殺して休憩したいぞ。』


「心を読むなと何度言った。お前は俺に使われてるだけだろうが。」


『型もなしに振り回すんだもん疲れた。』


俺に剣の技術を求めるな。


『まあどこが魔物の急所か分かってるようじゃし、しっかりとした指導者がつけば上達するじゃろ。』


俺の手から離れて、ふよふよとまた浮き出すクリュサール。切先を俺の胸元へ向け、また念話で話しかけてきた。


『妾は剣の達人たちの剣じゃったんじゃぞ。その直感が告げておるんだからな。』


「そんなことはいいんだ。だが……、入口がねえぞ。お前の話じゃあ『扉』があるんだろ。いつになったら出てくるんだ。」


80層からは飛び交う剣もないので走り抜ける必要もない。そのため歩いているのだが、いつになろうともその扉が出てくる気配がない。


『ほんとじゃのー。扉、来ないのぅ。』


「本当に扉なんてあるのか?70層にもなかったはずだが。」


『え?あ。そう言えばここじゃなかったかも。』


「よし。【霊体顕現クリュサール・アーティガル】」


今度は特に魔力を奪われるでもなく、簡単に彼女が出て来た。


「えっ。」


彼女は、妙にびくびくしていた。


「案内してくれ。俺じゃここは抜けれねえ。」


「な、なんだ、殴られるのかと思ったわ。」


「殴るかよ、大切な剣を。」


唯一俺がまともに使える武器だぞ。


「た、大切……。」


「なんだ。頼むから早くしてくれ。」


「う、うむぅ……。【霊体顕現クリュサール・アーティガル】を使える理由を教えてくれたら考えなくもないのじゃ。」


「いいぞ。俺は【魔力操作ウォーロック】を持っている、それだけだ。」


「うむ?ああ、直接魔力を操作できる能力じゃったっけ。いちいち魔法陣を描かずとも良いという点や魔力伝導率が圧倒的だという点でかなり優秀な能力じゃな。

……マスター、その魔眼、どうなってるのじゃ?扱いが難しいとかそういうレベルじゃない、八門魔術オクテットじゃぞ。」


八重奏オクテット?」


「語源は、人間八人分の魔力が必要だからといっとったかのぅ。妾の記憶がそう言っておる。」


音楽用語……つまりは。


「へえ、だから八重奏オクテットなのか。もしかして四門魔術カルテットもあるのか?」


「良く知っておるな。もちろんあるぞ。」


そう言ったクリュサールは、魔法陣を描き始める。


「こういうのが四門魔術カルテットじゃ。ほれほれー。」


炎の鎧だろうか?彼女の体の周りには炎が渦巻いている。まあ、これならわかりやすいし凄いのだが……。


「遊びは終わりだ。そろそろ行くぞ。」


「もうちょっとやってたいのじゃ。」


「だめだ。【魔力霧散ラディーレン】」


「え……。ま、マスター!なんじゃ今の魔術!フッて妾の魔術消えちゃったではないか!せっかく楽しんでたのに!」


「楽しんでんなっつったんだ。そうだな……まとめて言えば、お前の魔法陣を、俺が全力で発した魔力でぐちゃぐちゃにかき乱すっていうモンだ。」


「ゴリゴリのパワープレーじゃったか……。」


「というよりも、お前のその魔法を解析してどこが重要な門なのか理解して、そこに重点的に障害を起こし続けていたというわけだ。」


「おお!しっかり頭脳プレーじゃったっぽい!」


「ったく、そんな驚くことじゃねえんだから。お前の記憶を辿った先にあったモンだぞ?お前はどうして分からねえんだ。」


「マスター達の記憶に接続?妾には確かにマスターたちのかけらが残っておる訳じゃが、そんな物を解析するほど妾は魔術に長けているわけではないのじゃ。神造兵器らしく、とんでもない量の魔力と、門数に関係ない、いくつかの魔法しか使えんのじゃ。」


「幾つだ?使える魔術は把握しておきたい。」


そして、彼女は歩きながら、こちらをみた。器用だな。


「ふふふ。淑女レディーに秘密は付き物じゃ。なに、その時が来れば教えてやらんこともないぞ。」


「……!おい、そっち向きながら歩いたら……。」


俺が全てを喋る前に、危惧していた出来事が起こる。


「あだぁ!?」


段差に足を取られズッコケたのである。


「言わんこっちゃないな。格好つけようとするからだ。」


「へ?」


俺は咄嗟に全身の能力を強化し、彼女が倒れるのを阻止した。


「大丈夫か?怪我はないか?」


「ほ、おおおおお……。これが……。」


「クリュサール?」


「ふぁあっ!まっ、マスター。なんじゃ?」


「おい、あれ、なんだ?」


俺は目の前にある扉を指して、そう言った。きっと彼女と話していたせいで気がつかなかったのだろう。


「マスター?あ!これじゃ!これがその扉!やっぱあったんじゃないか!妾嘘ついてなかったじゃないか!ほれみろ!ほれみろ!ほうれみろー!」


「非常にムカつくが実在したのは確かだ。すまんな。」


「そこはもうちょっと乗って欲しかったんじゃが……。」














『ギィ……』


扉を開けた俺達を迎えたのは、意外にも人間のようなものだった。


「ようこそ、第80層を訪れた、勇敢な戦士たち。私はこの80層迷宮の主の守護魔術師、イレーヌです。」


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