007.契約を交わしました。









「クリュサール、か。」


『うむ。妾の真名を告げることなど久しい事じゃわ。えーとなぁ、妾の真名を告げてやったマスターは……たしかマスターで二人目じゃの。』


「へえ、昔もマスターがいたのか。」


『当たり前よ。妾強いもん。』


なぜだろう。小さな女の子がドヤ顔してる感じがする。


〈メキャ〉


ムカついてしまった俺は、柄と刃を持って腕に力を込める。


『う、む、あ、それはやめ……』


「冗談だ。もうやめる。」


それにしても一人目のマスターとは、どんな奴だったのだろうか?コイツを使えるということはだいぶ変わり者だったんではないのだろうか。


『うむ。それでな。妾の真名を伝えたので、契約の儀を行う。』


「契約の儀?」


生き血が必要とか言わないよな?俺はそんな意味のわからない妄想をしながら、クリュサールの言葉を待つ。


『妾とマスターとの間に魔力回路を創造し、それで妾たちを接続することをそう言うのじゃ。』


「俺は何かしなきゃダメか?」


『いや。特にせんでも妾が全てやる故、必要ない。』


突如クリュサールは俺の手から飛び立ち、地面に魔法陣を書き始めた。


『………うん、よし。少しばかり魔力を借りるぞ、マスター。【霊体顕現クリュサール・アーティガル】』


途端、俺の中からゴッソリと魔力がなくなった。この体になって以来初めてのことに、俺は内心かなり驚いていた。


「擬似現界・魔剣クリュサール。マスター、平気かの?」


念話ではなく、耳から入る声の方向を見る。


「クリュサール、なのか?」


「そうじゃが?妾じゃよーマスター?」


現界したクリュサールのその風貌は、予想以上に小さな女の子だった。どこかで見たような、そんな気がした。しかし俺はすぐにその思考をやめた。それより重要なことがあるからだ。


「それで、契約は終わってないんだろ?早いとこ済ませてくれ。お前に魔力を借したせいで少し体が重い。」


「うむ、マスターよ。やっぱり魔力量、バケモンじゃの。普通の人間は妾の現界のために肉体の一部を捧げたのじゃぞ?人によっては死体を用いて無理矢理現界させにきたヤバい奴もおったがの。それをマスターは、体が重い程度で済ませたのじゃからのぅ。とりあえず妾、すっごくムカついたからさっさと済ませるのじゃ、マスターよ。【魔力回路接続コネクト・アルネリオス】」


その詠唱が迷宮の虚空を駆け抜けた直後。先程自らの肉体から失われたものが、また満たされてゆくという感覚に襲われる。


それと同時に、何か俺の魔力がどこかへ流れていき、そして何処からか同じように魔力が送り込まれているのが感じ取れた。とても強大な、二人分の魔力が、鎖のような物で繋がれて、同じように流れている。


「気が付いたみたいじゃの。それが妾と接続したという証、魔力回路。マスターと妾を繋ぐ、契約の証。まあ要するにな、一つの強固な鎖のようなものじゃ。」


「四つほど疑問があるんだが。」


「一つずつ頼むのじゃ。」


「わかった。じゃあ一つ目。思考の共有も可能なのか?」


「うん?それは知らぬ。」


……無能剣め。それくらい調べておけ。俺はクリュサールのこめかみをグリグリしてみる。


「いだだだだだだだだ!や、やめ……そ、それに、わ、妾は無能剣じゃないわ!魔剣クリュサールじゃ!」


この状態ならば痛みを感じるようだ。お仕置きの時はこうして顕現させてみるのもいいかもしれん。


……ん?


「え?今俺、言葉にしてないぞ?どうやって聞いたんだ?」


「うむ?そうなのかの?……霊体顕現をそういう目的で使うのは、やめてほしいのじゃけど。いたいのやだ。……どうやら思考の共有は可能なようじゃな。」


「やっぱ無能剣だな。まあいいや。二つ目。なんで人っぽくなってんだ?」


「え?簡単じゃよ、霊体をマスターと接続するからじゃ。」


「霊体?」


「魔剣・聖剣なるものには、長い間に妾たちの刀身には契約、もしくは仮契約したマスターの意識……いや存在のかけらが少しずつ溜まってゆく。そうしてそれが一つの意識として統合された時、真に魔剣・聖剣と呼ばれるものが生まれる。そこに至ることなく堕ちていった武具、それらが魔道具として形を得たのじゃ。妾たちは、マスターの意識を内包した体を得る。それが霊体という訳じゃ。」


「つまり、今存在する意識は所持したマスターによる影響を受けている面が大きいのか?」


「うむ。少なくとも、妾はそう思っておる。魔剣も聖剣も変わりはせんとな。」


「聖剣と魔剣、違うところがないとはどういうことだ?」


「ないぞ。マジで、全くないのじゃ。人間が勝手に妾たちを聖剣だの魔剣だのと括っておるだけじゃ。」


人間が勝手にか。まあ確かに、どちらも神造兵器だと言っているやつがいたっけな。


「うむ。」


「よし。お前のことも大体わかってきたことだし、少し剣としての性能も試させてくれ。」


「よしきた。」


先程まで俺が握っていた剣、黒がベースの美しい剣。


『どうじゃ、やっぱカッコいいじゃろ、妾。見惚れるでないぞ。』


「うるせえ。行くぞ。」


自身に流れる魔力を、最大限に早く回す。俺には剣の型もないから、ただただ振り回すだけだが。


「おお……。全力で振っても壊れない……。」


正直、俺が振っても壊れなかったクリュサールに、感動した。


『逆にどんな力で振ったら壊れるのか、問い詰めたいのう。』


「後でな。」


後でどうやって説明しようかと考えると面倒なので、さっさと忘れてもらいたい限りである。

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