005.side ベルディア・エリウス









「……チッ。」


一体どれほどの期間、迷っているのだろう。それもこれも俺の方向音痴のせいだと考えると、更にイライラしてしまう。


「はぁ……。ここでずっと探してても仕方ねえのは分かってるが……。」


何日もギルドを空けるのは、ギルドマスターとしてもあまりよくない。一旦帰るか。だが……。


「もう少しだけ、進もう。」


今度こそ、彼を見つける為に。










「……。」


やっとの思いで辿り着いた50層の出口。そこには、剣が一本、刺さっていた。地面に、刺さっていた。


「これは、あの剣か……。」


彼に渡した、あの剣。俺はその剣を引き抜いた。


「?」


剣先が溶けていた。なぜ溶けているのか分からないが、きっと彼は剣先を溶かした何かを喰らったのかもしれない。


そうなれば、死んでいる可能性が高い。


「死んじまったか……。」


入団から数ヶ月。少しずつ強くはなっていたが、いまいちの才能で、50層がギリギリだろうとは思っていたが。いざ死んだと分かると、なんだか悔しくなった。もっと剣について教えてやれば。もっと魔法を教えてやれば。彼を受け入れてくれる仲間を見つけてやれれば。彼は死ななかったのではないか。


冒険者は、死と隣り合わせだ。どんなに強大な力を持った冒険者であれ、昔の英雄であれ、それは変わらない。どんなに『弱者』だと嗤った魔物にさえも、いとも簡単に殺されてしまうのだ。


「……。」


無言で剣を引き抜き、その刀身を見る。


—————途端、彼の体がぐらついた。否、世界が動いた。












「あれ?なんで俺、こんな所にいるんだ?」


何故だろう。俺がいつも使っていた剣を持って、なんで迷宮なんかにいるんだろうか?また昔のように魔物殺しにでも出かけたのか?


馬鹿にも程があるだろ、そんなの。……誰か、探してたんだっけ?でも、思い出せない。


あ、そうだ。金欠で仕方なかったから金になる物を探してたんだった。


「あれ?なんで50層まで来てんだ?50手前のオッサンが来たら死ぬじゃねえかよ。……まあそこまで衰えてる気はしねえが……。」


何かを忘れてる気が……しない。記憶を辿っても、特に忘れているようなことは何も。……なんか、世界がひっくり返ったのかもしれねえな。「神様」みてえな奴が、この世界の何かを変えちまったのかもしれん。


そんなこたぁ俺は知らんが。


「あれ?ベルディアさんじゃないですか。」


「あ?」


俺は剣を仕舞って、振り向いた。


「お、シュタリアか。」


彼は俺の弟子だった男だ。大手ギルド【シュヴェーアト】に属する実力者で、彼を通じて結構な量の情報を得ている。


「彼、見つかりましたか?」


「彼?」


「先生のギルドにいた、あの子ですよ。結構筋がいいって、言ってたじゃないですか。」


「そんな奴はいないぞ。俺のギルドは相変わらず貧乏なままで人も少ねえ。」


「そうでしたっけ。その、あの子ですよ。ほら!剣をあげてたじゃないですか!」


この剣を?


「そんなわけないだろ。第一、これを他人に渡したことなんてないぞ。」


「……僕の勘違い、でしたか。」


俺たちはゆっくりと話しながら地上を目指す。この迷宮は地下にあるので、階段を上がりながら話すことになるが、長年鍛えてきた俺たちにとってはそんなことは苦のうちに入らない。


「勘違いだろうさ。俺は金欠解消のためにここに来てるんだしな。」


「もしかして金欠って、またお酒飲みすぎてませんか?体悪くしますよ?」


「安心しろ。酒は百薬の長、って言うからな。」


飲みすぎるとちょっと地面とキスすることになるがな。


「適度に飲むのがいいんですよ。飲み過ぎはダメです。」


「ったく、そんなに言うなや。もう俺は引退してんだからよ、ちっとぐらい多めに見てくれてもいいじゃねえか。」


「はあ。もうそういうところは慣れましたよ、師匠せんせい。」


「もう自立してんだから、先生呼ばわりはやめろ。天下のシュタリアが堕ちるぞ。俺のパーティーみたくな。」


「あんなのは、先生の凄さを分かってない奴らが言うことです。だから僕は師事し続けますよ。」


「俺も、いい弟子を持ったなあオイ。」


「まだまだ、実力は底辺ですがね。」


「そういや……腕、どうだ。大丈夫か?」


「ええ、まあ。だいぶ慣れてきましたよ。さすが先生の作った義手うでです。動きは僕以上ですね。」


「嘘こけ。全然義手がお前の動き追いついてねえじゃねえか。仕方ねえな、調整してやるから、貸してみろ。今は診断しかしねえが、戻ったら修理してやるから。」


シュタリアは、右腕を外した。いや、正確には右腕のあった場所につけている義手を、だが。


「おい、なんだこの壊れっぷりは。」


「最近馬鹿みたいな膂力の魔物にどぎつい一撃を喰らいましてね。咄嗟にそれでガードしてしまいまして。」


「まあ、それなら仕方ねえな。お前を守ったんならいいんだ。腕は俺の責任だしな。」


「先生のせいじゃないです。本当のところは僕の過失ですし、いいんです。仕方ありませんよ。それでも強くなるって決めてるんですから、僕が不幸なんて思わないでくださいね。むしろ、伸び代があってすごい楽しいんですから。」


「そうか、お前はMの気質があることだけは分かったぞ。」


「そうですかねぇ。」


言葉にはしねえが、俺はそんなふうに言ってくれるシュタリアに感謝していた。















———— side ⁇⁇ ————


「あはは、ははは、はっはっはっ!」


何もない黒い空間。ここが一体どこなのか、今は分かる者はいない。そこにいる誰か。その誰かは高らかに笑っていた。


「あの子が傀儡にされる前に救えてよかったよ。」


ああ、なんて良いことだろう。あんな奴にあの子を渡していたら、この世界をどう遊び道具にしようか楽しもうか考えていただろうから。


彼にとって、いや、彼らにとってはそんなことは遊びの一環に過ぎないのだろうけど。この僕がそんなことは許さない。たとえ力の大半を失っていようとも、彼らの動向を確認して、それを妨害することは出来る。まあ、それぐらいしか出来ないんだけどね……。


「あの子の存在自体が改変されちゃったのはちょっとビックリだけど、それ自体何もないしね。」


嗚呼。楽しみだな。此処まで来るかな?どれだけ成長したかな?あの子は、どうするかな?


「待っているよ。キミを此処で。どれだけかかっても、君は必ずここに来る。その時まで待ち続けるとも。僕は、死なないからね。」


早くここまでおいで。愛しの、我が子よ。

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