003.side ギルド「アエテルニタス」















ある青年が二ヶ月間もノヴァ迷宮から帰ってきていないという報告を受け、俺はギルドマスターとしてその捜索へ乗り出しているのだが。


「……ったくあいつはどこ行きやがったんだ。あの……えー……、あいつは!」


なぜかは分からないが、行方不明者の名前が思い出せない。顔も朧げだし、剣をあげたやつ、としか記憶に残っていない。


「仕方ねえ、50層まで見てきて、いなかったら戻るとしよう。ひょっこり戻ってくるかも知れねえしな。」


ギルド「アエテルニタス」のマスターこと俺、ベルディア・エリウスの、5年ぶりの迷宮探査が幕を開けた。







俺の今の技量じゃあ40層くらいまでが限界だが、せっかくこんな貧乏ギルドに入ってくれたメンバーを助ける為なら少しぐらい無理したっていいだろう。


と思っていたが。50層で。


「うおっ!?」


転ぶ転ぶ。足腰も弱くなっているし、足元のちょっとしたぬかるみで……随分赤いぬかるみだな。


これはなんだ、血か?


俺の予感は的中した。これは血だ。それもかなりの量が流れている。この出血、もしかするとあの青年のものかもしれない。


二か月も前のものだとしても、固まっていないのはおかしいと思ったが、上をよ見れば水が滴っていた。水で薄まってかなりの出血のように見えるだけで、実は軽症で済んでいるのではないか、そう考えたかった。


「【分析アナリシス】」


俺はギルドマスターになってから手に入れた能力スキルを使って、血が青年のものかどうか調べた。









「50層からは10層ごとにフロアボスがいるって言ったんだけどな……。」


血は確かに彼のものだった。そのため、このフロアの探索をやり直す必要があった。フロアボスの熊は毒を打って殺したので、俺が次のフロアへ移動するまでは復活しない。


「ったく、こんなトコを迷路にするんじゃねえよ、これだから迷宮の守護者サマは……。」


俺が愚痴を溢しても、誰も聞くわけがない。だが、溢さずにはいられない程フロアが広いのだ。大昔の勇者が『トーキョードーム2個分』と言ったという言い伝えがあるが、俺にそんな事分からないし、広さも見当がつかない。













こんなに探しても見つからないとは。


もしかして迷宮に食われたとかじゃないだろうな。死んだやつとかは発見が遅れるほど迷宮に取り込まれるらしい。魔力の塊へ分解されて、魔物として再利用されるという。


「もしそうならあいつの武器ぐらい落ちててもおかしくはねえが……。」


しかし、いくら探そうが先程の血以外何も出てくるものがない。俺は50層を引き返しもう一度1層から探索したほうがいいのではないかと思い始める。


「でも、40層まではみんな見たらしいしな……51層に行くか?」


行きたくねえな……。それに出口もどこにあるか分からねえし。


俺はマッピングした地図をもとに51層に向かおうと歩いていた訳だが。


正直めっちゃ道に迷った。俺、方向音痴だってこと忘れてた。








「あの子、大丈夫かなぁ……。」


ギルド内では、少し調子に乗って怒られることもあったが優しかった彼をよく思ってくれる人も多かった。たいていが低ランクの冒険者たちだから、彼の捜索は上層しかできなかった訳だが。


「なぁに、エリム。えっと……その、あの子のこと心配してるの?」


白髪で碧眼の、ベルシェール・エルゼルが、受付で隣に座る女性にそう問うた。そして赤髪灼眼の美麗な女性、エリム・ドーラルが答える。


「うん。やっぱり担当の子だしね。」


「へぇ〜。あ、可愛がってたものね〜、あの子のこと。」


「ちょ、ちょっとベル!そういうのじゃないってば!」


「どう見たってそれは、そういうのでしょ?」


「だから違……。」


エリムのそう言った反応を楽しんでいるベルの耳には、そんな返答は耳に入らなかった。


「まあでも、貴女がそう心配するのは分かる。でも、今ベルディアさんが捜索に行ってくれてるんだし、きっと見つかる。彼が無事に戻ってくるのを、待ちましょ、ね?」


「……そうね。出来ることなら無事でいてほしいわ。」


「……ねえ、どうしてあの子の名前忘れちゃったんだろ。普通忘れることなんてなくない?おかしいなぁ……。」


「さあ……。」


今の彼女達には、何故なのか分からなかった。












50層はものすごく広い。迷宮の折り返し地点とも言える50層からが本番だと、世界最高到達点、80層を攻略した大昔の勇者はそう言った。


50層以降の敵はそれまでとは一線を画す強さを誇る。俺は昔組んでいた4人パーティーで60層までは行ったが、そこで2人を失い、パーティーは解散。もう一人はどこかへ旅に出たというが、詳細は知らない。


「もし51層以降に行って死んでいるなら、この後は俺だけじゃ不可能だろうな……。だが……仕方ねえ。最悪【隠密ステルス】を使って探索するとしよう。」


貧乏ギルドが故に捜索隊も派遣できないからこそ、団員は家族のように大切だ。俺はきっと彼を探し出して見せると、迷いまくっている50層の探索へまた乗り出した。




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