幸福な朝

@yuya0802

幸福な朝

 雫は今年で九歳になる。彼女には生まれた直後から可愛がった小鳥がいた。そのセキセイインコの名前はミルクという。白い羽に因んで雫の母が命名した。

 雫とミルクはいつも一緒だった。ミルクは毎日、彼女の部屋を元気良く飛び回った。雫にとってそのような日々は永遠に続くように思われた。しかし昨日、ミルクが老衰で死んだ。死は雫にとって初めての経験だった。彼女は動かなくなったミルクの冷たさを手で感じて、命が限りあるものであると初めて直に知った。庭にある花壇にミルクを埋める際、彼女はずっと泣き続けた。これ程にも別れというものが残酷であると知って、雫は生きるということに絶望した。

 雫の両親は彼女のことを大いに心配した。ミルクが亡くなってからたいうもの、雫はまともな食事さえ取ることができなかった。そして彼女は三日連続で学校を欠席した。余りにも大きな悲しみは、嗚咽の後に頭痛となって彼女を襲ったのだった。そして雫は四日目にしてようやく登校したが、死んだ魚のような目しかできない彼女を見て、担任の先生も大変に心配した。雫の両親はどうすれば娘が元気を取り戻すか相談した。新しいインコを飼うという案もあったが、結局、娘の傷を深掘りしかねないという二人の考えによって、その案は却下となった。そして最終的に落ち着いたのは、時の流れに娘を任せるというものだった。だが余りにも深刻な娘を見て、二人ともそのような日が果たして来るのかどうか、とてつもなく不安になってしまったのだった。


 ミルクが亡くなくなって五日が経った直後の深夜零時、雫は今宵も泣きつかれた後、眠りに就いた。雫にとって眠りに就こうとする時間は残酷だった。できる限り早く眠ろうとすればするほどに、ミルクと過ごした幸せな日々が蘇る。その幸せだった思い出が彼女の胸を抉った。雫は寂しさというものがこれ程にも痛いことを知って驚いた。それでも彼女は泣き疲れていつの間にか夢の中に落ちたのだった。

 夢の中で雫は自室にいた。天気が良いのか窓が陽射しに当たって輝いている。彼女は勉強机に座ってぼーっとしていると、ふと自分の右肩から懐かしい声が聞こえてきた。そして驚いてその方を見ると、何とミルクが背中に乗っている。雫は一瞬驚いたが、すぐさま今自分が夢の中にいることを悟った。それでも彼女にとっては嬉しいことだった。愛しいミルクが自分の肩にいる。ミルクはしばらくしても飛び立たず、彼女の肩からなかなか離れなかった。雫は肩に乗るミルクが愛しくて堪らなかった。自らの胸から溢れ出る愛をミルクに伝えたい。そんなことを考えながらミルクの頭を何度も撫でた。するとミルクはいつものように気持ち良さそうに目を閉じた。

 「どうしてずっと一緒にいられないんだろう。私の寿命を分けて上げたいよ……」

 この夢が覚めてしまえば、次いつ会えるか分からない。そんなことを考えていると、美しく透き通る瞳が涙で濡れてしまった。

 「ずっと一緒にいたいよ……」

 雫は泣きながら何度もミルクの頭をさすった。すると耳元にふと声が届いた。

 「いつでも一緒だよ。」

 雫は驚いた。ミルクの声を初めて聞いたのだから当然だろう。

 「夢が覚めたらもう会えないよ。」

 「そんなことない。僕の魂はいつも雫と一緒だ。

 僕は雫に教えたいことがあって会いに来たんだ。命ってものは凄いんだよ。体が死んでしまっても、魂はずっと大切な人の心に残り続けるんだ。だから僕と雫はずっと一緒だ。絶対に離れることはないんだよ。」

 雫はこれが夢であると分かっていても嬉しかった。そして彼女等は思い出話に耽った。そしてしばらくすると、別れの時間となった。雫は夢から覚める際、ミルクが「ありがとう」と言ったのを聞いたのだった。


 雫は起床した。目覚まし時計がうるさく鳴っている。彼女は未だ夢心地だった。とても幸せな夢だった。そんなことを考えながら寝床から立ち上がると、驚くことに白い羽がベッドに乗っていた。雫は嬉しくて仕方がなかった。夢は夢であっても夢ではなかったのだ。そして雫はミルクが言っていた魂の話を信じた。私とミルクはいつでも一緒なんだ。もう彼女は疑わなかった。そして非常に嬉しくて仕方がなかった。

 「ミルクありがとう。また遊ぶに来てね。」

 雫はもう何も寂しくなかった。ミルクの魂はいつでも私の心にあるんだ。そう考えると幸せで仕方なかった。

 雫は幸福な夢を境に明るくなった。彼女の両親は大変驚いたが、雫の秘密を知る者は彼女とミルクの他にはいない。

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