第51話リーズ

リーズ司令部

大きなテーブルを囲んだ十二人の男は椅子にすわっていたにもかかわらず、ゆったりとした気分にはほど遠かった。最大の理由は、全員が無力感にうちのめされていたからにほかならない。

レヴィンは焦燥の色も露わに、周囲の男たちをみわたした。

[どうだね、諸君?]彼はとうとう言った


オルフェ元帥にはどう伝えばいい?

[この場で、一致した見解はだせるかね?]

[レヴィンから見て右側の最初にいるコルビーは黙っている]

彼に言うべきこともなかった。彼の見るかぎり、魔軍の侵攻は、リーズにとって絶対的勝利はまず望めないケースなのである

この敵の侵攻は、さながら降って湧いたハリケーンのように彼らを襲った。ということから推して、侵攻がなんらかの解決をみた暁には、情報収集のお粗末さに非難が集中するのは避けられまい。

となれば、情報当局の大将である自分が最終敵に血祭にあげられるのは火を見るより明らかだ。

[なるほど]レヴィンがぶっきりぼうに言ったこの国家安全保障会議のメンバーはみな雄弁家で知られているのに、今夜は借りてきた、猫のように黙っている。

[いいかねモリス?]

[かまわん、ブラッド、なんなりと言ってくれ]

わたしは敢えて指摘したいのだが、置かれた状況を考えれば、われわれのこの沈黙は、ごく自然なものじゃないのかな。

検討すべきことは検討し尽したのだから。

数時間前に統合参謀本部長が提案した即時攻撃についても、十分に討議した結果、不採用に決めたのだからね。

ティオス、ナドラ、神聖各国とも連絡をとり合っているが、彼らもやはり、確たる方針をうちだせないでいる。

それは痛いほど承知しているよ、ブラッド。しかし、オルフェ元帥には即刻、なんらかの案を出さなければならない。

オルフェ元帥と、17時に会うことになっているんだ。

[なぜ?]

[なんだって?どういう意味だね、“なぜ”とは?]

つまり、われわれの前には新たな可能性がひらけているわけだよ。

敵は、この攻勢に、焦っているーそれもわが軍も確認した。

つまり、われわれとしては完全に受身の態勢にあるわけだ。

その力関係を変え得る魔法の装置があるわけでもない。

だが、敵のほうにも弱みはある。それは、“時間”だと思うんだからね]


[つまり、当面はなにもしない、ということか?]

[そのとおり、軍事史上、長考による敗戦よりは性急な行動による敗戦のほうが多いのだ]

レヴィンが頭をかしげて、テーブルを指で叩き鳴らした。

[つまり、きみの結論はこうなんだな〜しばらく静観して、いかなる行動もとらない、と]

[そう、さしあたってはそれしか考えつかないね]

たとえば強攻策に打ってでるのは愚劣もいいところだろう。

いま騎兵隊を突入させたところでなんの解決にもならん]

そこで不意に、にやっと笑って、“もっとも??には第七騎兵隊を駐留させてあるから、もしもの場合にはいつでも動けるぞ]


その頃

オルフェ元帥はすでに、疲労困憊の域すら超えていた。

眼前の光景は相変らずだった。五人の男たちの激しい論争が

つづいている。それは、この破天荒な危機を乗りきる方策を練るため、彼らが召集されて以来、ずっとつづいていた。

オルフェはとうとう、学童の言い争いのような単調な議論にケリをつけることにした。オルフェが再び反論しようとしたとき、ドアをノックする音がした。


[入れ]参謀長が声をかけた。

男が入ってきて敬礼し封書を一通さしだす。

さっと書面に目を通してから、参謀長が言った。また問題がおきたのか

いいや、これはわが軍の状況報告ですぞ。ご指示のとおり全軍、総攻撃の配置につきました。

[そう。これでもう、奇襲を受けることはなくなったわね]

オルフェはわずかに肩の力を抜いたようだった。

[これで、私達は、非力ではなくなったわ、みんな。

今夜を最後に、我が国は反撃に転じるわよ。


外務大臣がちらっとオルフェを見やった。

一つ咳払いしてから、彼は言った。

[ちょっと、よろしいでしょうか…?]

[ええ、どうぞ]

私は、これから、援軍要請のため、ティオス国へ向かいます。

ここで敢えて申しあげておきたいのですが、わたしは、いま反撃に出るのは危険と思われます。

ティオスからの援軍が来るまでは、防衛に徹するほうが良いと思います。

オルフェは腕組みして、椅子に深くもたれかかった。

オルフェは言った。[ええ、では、そうつとめてみましよう]

シャンのほうを見ると、彼もさりげなくうなずく。

理性を保つチャンスはまだ残っているのだ。

オルフェは、ゆっくりと肩の力を抜くと、また椅子にすわり直した。

今夜は長い長い夜になることだろう

オルフェは思った。


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