第48話フレイの行動1
指揮官は、時計のふたをあけた。ポンチョのすきまから雨が注ぎこんで、時計の盤面を濡らす。指揮官はそっとふたをしめた。
彼の隣では、濡れた松葉の上で心地よくうずくまる方法をなんとか見つけようと、歩哨兵がさっきからもじもじと体を動かしている。
[指揮官が彼を小突いた]
[なにか見えるか?]
[いえ大佐。なにも見えません]
[まだ早いからな]
[はい大佐]
へリングは、ポンチョの裾をあげた。
アトラの中央平原の近くの森。彼のようにポンチョをかぶり、雨のしたたる松の下にうずくまっていた。
へリングは、フードを脱ぐと、彼は小型の双眼鏡をとりだして、周囲を見わたした。
部下は全員、うまく隠れている。彼らのポンチョは、保温の役割を果すと同時に、体温が湯気となってたちのぼるのも防いでいる。
だれか敵方の者が、いまこの付近を見わたしたとしても、怪しい微候には気づくまい。へリングはまたフードをかぶって、双眼鏡をしまった。
いまはただ、待つしかなかった。
待機は終った。ティオス陸軍大将フレイにとっては、時間をチェックするまでもなかった。
いまこそは、この破天荒な作戦の成否を占うとき。
やるのなら、いまをおいてない。
テントの外に踏みだしてみると、雨足はいくら弱くなっている。
暗闇の中で部下のたく焚やテントのランプが光を投げているせいか、野営地全体に、どことなく家庭的な雰囲気が漂っている。
フレイはへリングの名を呼んだ。わずか数メートル離れたテントの入口に副官が姿を現わした。
[はい、フレイ大将殿?]彼もまた、フレイの企てのなんたるかを、心得ている。
ある程度の秘密を彼に打ち明けずに事を運ぶのは、やはり不可能だったのである。
[全員を召集して欲しいの]
[いまですか?]
[そうよ、直ちに]
[歩哨はどうします?]
[彼らもよ。全員召集して。一入残らず]
[かしこまりました、閣下]
[そこからへリングの一兵士たちをランプが照らすようにして。
彼らの顔をよく見たいの]
[はい]
[それと、もう一つー]
[はい、なんでしょう閣下]
[カシム大佐はどうしたの?]
[閣下の指示通り、一時間前にでてゆきました。第二小隊の野営地を訪ねに]
[そう。ありがとう、へリング]
フレイは自分のテントの中にとって返した。
へリングの有能さはよくわかっている。彼なら数分以内に、然るべき場所から合図を送り、兵士たちを残らず整させてくれるだろう。
フレイはベットの端に腰をおろした。
フレイは、逸る心を抑えて待った。努力は報われた。
30分とたたないうちに、へリングがテントの中に踏みこんできた。
[閣下?]
[ええ]
[全員、整列しました]ちらっと、テントの外をふり返った。
ブーッを踏みしめる音や、鎧のこすれ合う音が、テントの中まで伝わってくる。フレイの中隊、すくなくとも、彼女が信頼を寄せる二箇小隊が集合したのだ。へリングのあとにしたがって、彼女は
外にでた。雨はすっかりあがったようだった。
へリングが大声で命じた。[気をつけ!]
兵士たちはいっせいに身を強ばらせて、気をつけの姿勢をとる。
[休め]フレイは言った。兵士たちのしがすこし寛いだ。
フレイがしゃべるにつれて、白い吐息がランプに浮かびあがる。
この瞬間にそなえて、いままで何百回も頭の中で練習をくり返してきたのに、口中がカラカラに乾いていた。
これから示されるであろう兵士たちの反応までは、彼女もへリングも、
完全には読み切れていないのである。
その意味で、これは大きな賭けだった。が、もはやあとには引けない。
第一小隊及び第三小隊の兵士諸君、ここに集結ねがったのは、
諸君が、ティオス軍兵士の一人としていまだ遭遇し得なかった機会に直面しているからだ。それがいかなる機会かについては、これから説明するわ。
いま、我が国は魔王軍の侵攻を受け、タナス要寒を初めアトラ大陸全士に渡り攻撃を受けている。
[いまこそわれわれはティオス国土…いやアトラ全土から魔軍を駆逐しなければならないわ。
わたしたち祖国を守るためにいまこそ、わたしたちは自身の未来を勝ちとらなければならないわ。
わたしたちは、数時間後に、魔軍の拠点を攻撃します。
凍てついて森の中の拠点を、不意に沈黙が支配した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます