第47話 「メリィとマヒロ」
ラムド軍の警備兵は、ゆっくりと人を小馬鹿にしたような敬礼した。
いつものマルクスなら、毎度お馴染みのその屈辱的な仕草を気にもとめなかっただろう。がきょうの彼はちがった。
彼は、ラムド軍の若い兵士の顔をじろっと見やった。
それが上官に対する態度か、と言わんばかりに、冷やかに見すえたのだ。
ラムド軍のその伍長は腰に剣をさげており、外套には
精鋭第七歩兵師団警備部隊の肩章がついていた。
自分の過ちにやっと気づいたのか、若い伍長の青白い細面には、緊張した表が浮かんでいた。
ぐっと背筋をのばすと、彼はきびきびと言った。
[おはようございます、中佐。通行の許可は受けておられますか?]
ティオス軍中佐マルクスは、自分の地位を最大限に利用して威圧的に答礼した。
[もちろんだとも]と言った。
鞄から地図ケースをとりあげて、命令書を抜きとる。
それを伍長に手わたしながら、一車線の道路をふさいでいる。
ゲートの彼方に顎をしゃくってみせた。
そこには古びた衛兵所が建っていた。
[これを隊長に見せてくれ]
若いラムド兵は書類を受けとると素早く敬礼し、くるっと踵を返して衛兵所にもどってゆくマルクスは側にある椅子にすわった。
さっき伍長が、衛兵所の中の人影に書類をわたしている。
ややあって、伍長が外に踏みだし、あとからラムド軍の将校が灰色の外套の青い肩章がはっきりと読みとれた。やがて二人が歩きだし、こちらに、近よってくる。マルクスは椅子から立ちあがった。
ラムド軍の将校が言った。ガイ大尉です。
もちろん、マルクス中佐のご到着は事前に知らされておりました。戦場にいかれる前に、なにかこちらでお力になれるようなことでもありますか?]
ガイは答礼してから、答えた いや、けっこうだ、大尉。万事、順調だから。
ラムドの大尉はうなずいた。
大尉に答礼してから、彼は、自分の率いる小さな隊列をふり返った。
すぐ背後では、マルクスがじっとこちらを注視している。
ガイは前進の合図をし、ラムド軍の大尉がバリゲートを開くように部下に命じたの見届けてから、また衛兵所にもどった。
[よし、ガイ前進だ]
冷んやりとした朝の大気が流れこんできて、頰を刺す。
溺れかけた人間が必死に息を吸おうとするようにマルクスは冷たい風を吸いこんで、目をとじた。部隊は細い道を前進し、重く垂れた松の枝や、
砂利の上にのびた灌木の枝を排除してゆく。
野営地に到着するまでに、あと二十分はかかるだろう。
野営地にはフレイ大将がマルクスの到着を待っていた。
「一方」
食事がすむと、メリィはマヒロに言った。
[暖炉のそばで話したほうがいいわね?]
[はい、メリィ様]
二人は同時に立ちあがって、隣りの部屋に移った。
そこは、オフィスと書斎と応接間を兼ねたような、居心地のよい居室だった。大きな暖炉では、火がパチパチと爆ぜながら勢いよく燃えさがっている
メリィは椅子に腰をおろした。マヒロは暖炉の前に立って、体をあたためている。
二人とも私服だった。
マヒロは、ちらっと時計に目を走しらせる。
[そろそろ、全員配置につくころです]
[ええ、そうね]メリィは呟く]
[作戦には、申し分ない晩です]
ええ、たしかに申し分はないわ、だけど、ひどい晩よね]
小さな部屋を、ふたたび沈黙が支配した。
メリィの部下のモニカが、軽くドアをノックして入ってきた。
紅茶のポットとカップののった銀の盆をテーブルに置いて、また静かにでてゆく。
[あすの作戦も予定どおりですね?]マヒロが訊いた。
[ええ。フレイから連絡があって、すべてを確認したわ。
18時ごろには作戦開始よ。用意はできてるわね?]
はい。兄の報告では、秘密は完全に保たれています。
各部隊の態勢も、順調です。
準備は万端整ったと言ってもいいでしょう。危険な微候は一切ありません。
[あいからず用心深いわね。暗部の人間は。あなたもよくよく厳しい訓練を受けたようね、兄の士元と一緒に秘密諜報員養成学校で]
マヒロは、少し微笑んで答えた
[はい。]
マヒロは紅茶をすすって、暖炉の火に目を注いだ。
[わたしは]メリィが言った
ティオスの将軍にちがいはないのだけど、これまで一度も実戦部隊を指摘したことがないわ。丘の上に立って、ティオス兵が、わたしの命令一下、運命の行進を開始するのを見たことが一度もないの。
わたしの仕事は傷ついた兵士達の回復支援だけ。
制服もある。指摘もあるけど、言葉の真の意味で一軍を指揮したことは、いまだかってないわ。]
メリィは紅茶にじっと目をこらして[今夜までね]
暖炉で、パチパチと火がはぜている。次々に炎に呑みこまれる薪を見つめながら。
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