第45話 「士元・赴任」

「着きました、あの左側の建物が司令部です」

シゲンは馬車の窓から、ちらっと外を眺めやった。

伍長の運転する馬車は、三階建ての司令部の前に止まる。

士元はじっくりとその建物を見た。

[申しわけありません中将]

わたしは、馬車を止めてまいります。

[いや、きみはすぐ帰っていいよ]

[いえ、大丈夫です]太った伍長はにやっと笑って、軍支給の眼鏡を押しあげた。

[時間はたっぷりあるんです。それに、わかっているんですよ、着任手続きに一日費すってことがどんなことか。きっとお疲れでしよう]


[士元は頰を撫でた。今朝自宅で剃っだばかりなのに、もうひげがのびている。あれは何時間くらい前えだろう?

九時間?10時間?まあ、それはどうでもいい。

[ああ、たしかにバテたよ。だから、さっさとすませよう]

伍長は、バックを二つかかえている。シゲンはバックと壁架け式の衣装バックを持って、彼のあとに続いた。

伍長は2階の部屋のドアの前で立ちどまった。

部屋の中に入ると、シゲンは、ドアのわきの小さなクローゼットの中に衣装バックを吊るして、周囲を見わたした。


いろいろとありがとう、伍長]

[おかげで助かったよ。なにか力になれるようなことがあったら、いつでも言ってくれ]

戸口から出てゆく伍長を、手をふって見送った。

しばらく小さな居間の中央に立って、見ることもなく周囲を見まわす。

と、作戦決行が近づいてきた。

ソファのそばの窓ぎわに立って、ガラス窓をあけ放った。

すぐ隣りの建物が、大きく追っている。ソファに尻を落して、目をとじた。

しばらくして、部屋のドアをノックする音が聞える

士元は、ドアをパッとあけた。

そこに立っていたのは、ノックの主は安部の制服を着ていた。

黒い制服の袖に、中将の袖章が鈍く光っている。

シゲンは、ゆっくりと目の焦点を絞った。ほとんど反射的に、笑みが顔に拡がった。

[アイク]

[今晩は、中将]

[今晩は、アイク中将]

二人はしばらく、互いの目を見つめ合った。

なにか言わなければ、と、シゲンは思った。

かって五年以上というもの、二人は暗殺チームとして、くる日もくる日もチームを組んで出動した仲なのである

それも、精鋭のパートナー同士だったのである。

彼らのあげた功績は、いま、軍事暗部の秘密の引出しの中のファイルに眠っている

しかも二人は、私が初めてチーム・リーダーとして出動した任務を遂行中、重傷を負ったーその作戦で二人は寸前に命を落しそうになり、チーム・メイトとしての仲も破局寸前までいったのだった。


なおも無言のまま、二人は向かい合っていた。

話すことが多すぎて、かえって言葉にならなかった。

[また会えて嬉しいよ、アイク]

[しかし、ここで再会できるとは思わなかったな。

あんたは別の任務に着くと噂を小耳にはさんざんでね。]

[ああ、情勢が一変したんだ。

それより、ここをでよう。フレイ大将があんたに状況説明をしたいと言ってる]

士元は眉をつりあげた。[いまからかい?]

[ああ。夕食を一緒にしたいとさ、そっちに先約がなければ]

[かまわんぜ、こっちはまったくフリーだからな]

[そいつはいい。さあ、いこう]

私はうなずいて、ドアをうしろ手にしめた。

アイクは、つかつかと玄関にむかって歩るいていった。

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