第44話 父親と息子

「ティオス軍将校食堂の中にあるVIP席」

「ここなら、誰も入れないからな」


「で、お前のこれからの計画は?」

変らんな親父は・・と、士元は思った。

食堂のテーブルについて二分もたっていないというのに、父は早くも本題に入ってきたのだ。寄る年波少し顔の皺をふやしてはいたが。

脳の働きには依然として衰えがない。

ティオス軍暗殺部隊元帥にして最強戦力の1人

父は、時間を決して無駄にしない人物だった。

[上官からの命が、即、自分の計画です]

士元は答えて、薄い笑みを浮かべた。

言葉をつぐ前にカズヒロはじっと息子の顔に目をこらした。

最後に会ったのは、軍の大学への入学の時だったが、あれからずいぶんと息子は変ったようだった。

あのときの彼は、すでに十八になっていたのに、その言動には依然として、[怒れる若者]の面影があった。


暗部将校の制服は細身の体には不似いだった。

それから十年以上。いま目の前にすわっている士元は、ピッタリと身についた安部中将の制服を着ている。

髪はさほど整っていないが、その下の顔は最後に会ったあのときよりずっと穏やかで落着いている。たぶん、妹との同時期

に中将への昇進のきっかけとなった一連の体験に加えて、

年齢そのものも息子の変化を促したのだろう、とカズヒロは思った。


息子はいま二十八歳。

それなりの風格がに滲みでていた。

そして、この食堂に初めて出てきた士元を見たとき、元帥の胸は弾んだ。士元の歩き方が以前とは別人のようだったからである。人間の拳動によってその人物の真価を見抜くのが習慣になっているカズヒロ元帥の鋭い目には息子の歩調、すきっと伸ばした背筋、そして闊達に知人たちとの挨拶を交わす態度に、まぎれもない自信を見てとったのだ。


カズヒロは、ひそかに安堵の吐息洩らした。

息子はとうとうれっきとした大人に成長したように見えたからだ。

[それはそうだろうとも。わたしの言ってるのは、もっと長期的計画のことさ]


カズヒロは、息子の笑みに笑みで応えながら言った。

[このごろは、あまり長期的な計画は立てないようにしている]

暗部にいるかぎり、そいつはあまり意味がないので]

[その安部における目標というやつは、まだ立てていないのか?]

[ええ、いまところは…]

士元は、コーヒーをすすりながら答えた。

[妹の、マヒロはどうだ…⁉]

[マヒロは、私より、母に相談してるようです]

そうか…分かった。

別にカズヒロ元帥が先程、いかにも彼らしく、単刀直入に投げかけた問いが、頭から抜けなかったからである。

で、これからどうする?

おれはいったい、これからの人生をどう構築していくつもりなのだろう?

わからない。

彼の沈黙に割って入るように、父親がまた口をひらいた。さしあたっては軍の命令にしたがう、という方針はわかった。しかし、やはり大局観というものが必要だろうが。この先も、ここでやっていく気はあるか?]

将校たちでいっぱいの食堂内を漠然と示すように、左手をふりまわす。


父の言う[ここ]とは、軍務をさしていることを、息子は承知していた。

[ええ、たぶん。断言はできませんがね。これから命じられる任務内容にも寄るし]

[なるほど]

[カズヒロは満足げにうなずいた。よかった。息子はどうやら、職業軍人]に徹す道を選ぼうとしているらしい。ともかくも士元は、安部という超一流の暗殺部隊の将校になった。肝心なのは、ともかくも彼が将校になったという事実であり、卓越した軍人になるという

我が家の伝統を継承する気がまえを見せはじめた、ということなのだ。

[けっこう。じゃあ、その問題は解決したわけだな]

はい。

ウェイターが近寄ってきた

[ご注文は?]テーブルのかたわらに立った若い女性が、メモ用紙を手にたずねる


[父にはステーキを]士元は即座に言った。ぼくには“本日のクレープをもらおう


[はい、で、お飲み物のほうは?]


[ガ〜ゼルがいいかな1180年物のロスト・ペトリスベルクにしよう]

[けっこう選択だと思います。ありがとうございました]

感心したようにうなずいてから去ってゆくウェイターを元帥はじっと見送った。

変れば変わるものではないか以前の士元は、軍隊同様

料理や酒にはほとんど興味を示さなかったのに。

[そうゆう好みはどこで身につけたのかね?]

[カズヒロがたずねると、士元はにゃっと笑った]

[学生時代に、付き合っていた女性の影響でしようね、きっと]

さだめし、できた女性だったのだな]

[ええ。いまもそうです]

むかしの、むら気だったときの癖が甦って、表情がわずかに翳る。

カズヒロは瞬間にそれに気づいた。息子には、やはり変らない部分もあるようだ。

それはたぶん、永遠に変るまい。そうと思うと、かえって気分が和むのも事実だった。

女の話題は。士元には苦痛のようだーと見て、元帥は話題を変えた。



[いずれにせよ、新しい任務につくのも間近なのだろう?]

士元の顔に、晴れやかな表情がもどった。

[ええ、たぶん、来週ぐらいにはね]

すぐ行動が出来る場所にいてくれと、フレイ大将にも言われてます。

暗殺部隊の出動や近し、というところですよ

またしても、にやっと笑う。

[ふむ、フレイ殿の作戦に協力する訳だな]

この作戦は重要な作戦だぞ、士元。といっても、ただ単におまえが危険な状況に身を置くことになるから、というだけじゃない。

それはまあ、仕事なのだからしかたあるまい。

料理とワインが届いた。作戦談議はお預けになり、父子はワインに対する互いの好のみを比較し合って楽しんだ。

すると、若い軍曹がちかずいてきた。

[失礼します。士元中将でしょうか?]

[そうだが?]かすかな不安を覚えつつ、士元は答えた。

軍令部より、使が来られています。

[緊急の用件らしいのですが]

父親にむかって、士元は言った[失礼します、父上。

すぐもどりますから。たぶん、例の件だと思います。

[ああ、そうだろうな。ワインはとっておくからな]

士元が案内されたのは、食堂のマネージャー室であった。

ドアをノックする音がした。

[入れ]中から、男の声が聞えた

[失礼]します。

リップ軍曹です。士元中将をお連れ致しました。

[うむ]ご苦労様

[はっ]

そこに、いたのはティオス軍情報部大将ロイドであった。

士元君、急に呼び出してすまないね‼

[はい、大将殿]

実は君をここに呼んだのは、例の作戦の件が、急に動きはじめたようなんだ。上層部がかなり揺れているらしい一どういうことなのか皆日見当がっかんのだが、つい一時間ほど前に、バタバタと新たな人事が決まってね。

[ぼくのもですか?]

[イヤ]君には、そのままの任務を遂行してもらう。

[ただ]妹さんの方は、メリィ大将付きとなった。

ということは、ライ砦にはいかなくてもいいことになったのですね

[そうだ]

[分かりました。]

で、作戦の決行はいつですか?

[うむ]

明後日中に赴任してほしいそうだ。詳しい説明をしたいので、フレイ大将に会ってくれたまえ。

わかりました、と呟やいて、士元は退室した。


テーブルにもどった彼を笑顔で迎えた父親は、息子の表情に気づいてしだいに真剣な表情になった。士元が腰をおろすと、カズヒロは

静かに言った。[で、どうだった?]

膝のナプキンの皺をのばすと、食べかけのクレープの皿を見っめてから士元は答えた。


[例の任務です]彼は言った。

[ほう?いい任務か?]

[いいえ、士元は笑った]

実は、明後日フレイ大将の軍と合流せよとの事です。

そして、マヒロは、メリィ大将付きとなりました。

[ほう、マヒロは、メリィ殿の部隊に配属か]

なら、安心だな

[ええ]

なら、新しい任務の成功に乾杯だ]

カズヒロは、自分のグラスと息子のグラスにワインをつぐと、自分のグラスをかかげた士元も自分のグラスをかかげた。

我が国に勝利を、2人の男は互いの目をしかと見つめながら、グラスを口に運んだ。




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