第33話 リーズ国 3 クザク中将決死の戦い

たえず、少しずっだが、動いた。

今のところ、前衛の仕事はそれからだ。

敵の前衛も、やはり微妙に動いている。

そしてお互い、いつ開戦となってもおかしくない熊勢をとっていた。

ユイカの軍も魔軍も正面からまともにぶつかる気でいる。

戦らしい戦なのだと、ユイカは思った。こういう戦の経験は、ユイカにはまだ少ない

あるのは盗賊との小競り合いで、数百単位の戦を指揮したことがある程度とリーズの兎国が盗賊に攻められかけた時は、2万近くの軍を率いた。


もっとも、盗賊は牽制をしてくるだけで、本格的なぶつかりあいになってはいなかった。

「ユイカ様、前衛の構えが、変りました。

副官が、そばへ来て言った。

彼は、軍の参謀本部より派遣されて来た若く軍学通りに戦を考えようとする、熱心な副官だった

すべての部隊の配置から、兵站にまで眼を配っている。

長い滞陣になっても軍規の緩みがないには、この副官がいつも

緊張を失しなってないからだろうと、ユイカは思った。


ユイカが言う

よく気がついたわね

「こちらも変えているわ、いま眼に見えない押し合いをしているわ。

いや、対峙した時から、ずっと押し合っているのよ。

アナタ、はじめの前衛の陣形、憶えてるかしら?」

「ええ、1万5000が、三段に構えました。

いまは、1000が突出し、1千は14に分かれて背後に展開するというかたちになってまね。

敵は逆に、細かく分かれていたのか、いまでは

1千ほどが小さく魚鱗を組んで、ひとつにまとまった感じですね」

よく見ていた。しかし、その先にあるものまで、副官は見ようとしているのか。

陣形は、特に前衛の陣形は、総指導官の意思がかたちとして現われたものだと。

ユイカは思っていた。

ミレイの意思を帯びたつもりで、少なくともユイカは陣形を変えてきた。

そしていま、1歩踏み出すかどうか、というところにきている。


「そろそろはじまる、と私は思うわ」

ライガ、どういうかたちの開戦にするかは、ユイカにも読めなかった。

こちらから攻めこむのか、相手に攻めこませるのか。歩兵と騎馬隊をどう使うのか。

兵力は2万5千と3万ほどで、ややこちら側が劣勢していると言っても良いわ。

遠い山の裏側では、クザク中将率いる別動隊が、ライの軍を奇襲するため展開していたのである。


しかし、この奇襲作戦は、リリスにより見抜かれていたのだった。

クザク率いる軍は、ライの別動隊により進軍を阻まれていた。

クザクが言う

敵襲だ全軍、戦闘態勢に入れ。

まさか奇襲が敵側にばれていたとは夢にも思ってなかったのである。

「先に伝令。突出した千人は動かすな。三千は構えをとったまま、左右に半数ずつ移動できるようにしておけ」

伝令が駆け出していく。

「よし、我が軍も前へ出る。前に出ながら、陣形を組直せ」

敵の前衛が不意に2つに割れた。そこから魔戦車が飛び出してきた

くっ‼」

こんな、狭い山道で命を捨てるつもりか

「全軍、退却だ」

全軍が、潰走をはじめている。その光景が、クザクには信じられなかった。

「クザク様、急いでください」

副官の叫びも戦車の響きにかき消されようとしていた。

両翼から攻撃してくる戦車隊は、明らかにクザク軍の退路を断つ動きをしていた。

副官の声が耳に届いた。敵が襲いかかってくる。

クザクは、はじめて自分の剣に手をかけ、抜き放った。

横から、敵が突っこんできた。薙ぎ倒す。

別の1騎。槍。かろうじてかわす。

それで精1杯だった。剣を構まえる。槍。剣で撥ねのける。

ここで倒れるのか、クザクは、剣を構えながらそう考えていた。

この作戦は、失敗だ。

このままでは我が、リーズ国は、魔軍の手に落ちてしまう。

クザクは、闘えるだけ闘う。

いまは、それしかない

まだ、敗ける訳にはいかないのだ。

不意に、一瞬だけ敵の攻撃が止まった。すると、数十人の兵が、包囲の輪の中に躍りこんできた。

副官だった。槍で、6、7人を続けざまに突き倒す。敵は、気を飲まれたようだ。

クザク様、私の部下が道を開きます。

ここは、俺に任せて下さい

「しかし」

今は、アナタの無事が再優先です。

「わかった」

だが、必ず生て戻れ。

「はっッ‼」

自分の代りに副官が死ぬ、という思いがクザクを包みこんだ。

しかし、引き返すことはおろかふり返ることすらできなかった。

まだ敵の中で副官と数十人の兵が近づいてくる敵を薙ぎ倒している

ようやく敵の中を抜けた時、クザクは前に倒れ込んだ。

副官の部下が倒れているクザクを運び撤退したのである。

1方、報告を受けた魔軍のライは、

馬上で歯嚙みをした。

わずか数人足らずに守られたクザク中将を、後1歩の所まで追い込み。すぐに討ち取れると思ったが、援軍にきた数十人が意外に手練れだった。

追いつめるところまで、追いつめた。

そこに、副官の部下が助けに来たのだった

はじめは数十人だった。そして、副官だけ残った。

が、副官は、敵を上手く振り切り無事脱出したのだった

クザクとの約束を守るために。

ライが伝令を出す。

「兵をまとめて、本隊へ合流せよ」

とりあえず、戦は終った」

勝った、とは思わなかった。

クザクの命を取ってこその勝利、とひそかに心に決めていたのだ。

寸前までいったが、逃げられた。だから、勝ったとは言えない。

「気が付いた、クザクが言う」

「ここに陣を組む。斥候を出せ。犠牲を調べて、報告しろ」

兵が駆け出していく。

夕刻には、生き残った者が戻ってきた。

その中には、副官の顔もあった。

互いに無事を喜びあったのである。




 


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