第8話 早い足取


 カニスは土地としては非常に恵まれている。  


 大きく分けて北西のシザ熱帯、南東のボルディ乾燥平野サバンナから作られたこの大陸。

 熱帯には豊富な水源から畑が、サバンナには野生生物が地を闊歩し手付かずの鉱物資源が埋もれている。


「戦前、マキシマムディアモルド社があったとされる地はボルディ都市部から離れた採掘場付近だが……」


 我々がいるのはサバンナの港の先の丘、そこから見下ろす景色は壮観で、耕された痕の見える柵に覆われた大規模農園の並んだ赤茶けた土の上には、今や荒らされた草しか見えず、それを食む厳めしいミュータント達。一面に広がる乾燥した大地と入り組んだ放置された巨大な掘削機の狭間にあるクレバスの中で、ミュータント達が喰う喰われるの自然の中を生き抜いている。

 遠くに見える大河の上流はジャングルになっており、かつては道路であっただろう石畳の道は今や地震でもあったのか隆起し、または陥没した凹凸のあるものに変わり果てていた。


「恐ろしいのう……いくら汚染が一番弱い所とは言え……ここまでとは」

「一番近い目的地は北のジャングルの方ね……シェルターが無事だといいんだけど……」


 その圧倒される荒廃した大自然と文明の名残りに、ライラとファングの二人は呆気に取らわれていた。


 たった三人でこの広大な大陸を探るのだ。いつもの所定の場所で来るもの蹴散らすだけの防衛任務とは訳が違う。限られた手持ちの物資だけで定かではない目的を探らなければならない。万全な支援が後方から来る訳では無い。こんな粗方絞られ尽くした世界に、ゲームと違いそこらにすぐ使える補給物資が転がっているはずがない。どんなに準備したって今の俺達には足りないものが多すぎる。


 現実はいつだって非情なんだ。だから、だからこそ。


「いつだってケセラセラなるようになるしか無いさ。行くぞ」


 いつだって足を止める訳には行かない。俺は立ち竦む二人より先に足を一歩踏み出す。


「まぁ、それもそうじゃの。やるしかない」

「あぁ!ちょっと待ってよ!」


 前を進み続けないと気が付いた時には後悔しか残っていない場合が殆どだ。だから、がむしゃらにでも足を動かすことだけは忘れてはならない。


 少なくとも俺はそう思っている。そう思わなければ、この世界は容赦なく背後から牙を向けられる。人が善意を持てる余裕は、既に損なわれた。


 そう今、心の中で決意を固めた瞬間、すぐ傍の地の裂け目からライオンよりも大きいエリマキトカゲが這い出て、瞬く間に牙を剝き出しにして襲い掛かって来る。


「なんでお主エーテル打っとらんのじゃ!」

「この間、過剰使用で倒れたのにまたすぐ使えるかっての!そもそも、魔術も使わねーのに索敵する程度の頻度で打てば許容量超えるっつーの!俺に死ねってか!?」


 俺の魔術はエーテルの使用によって電流を起こす術だ。それを脊髄に流すことによって体感時間を伸ばす。要するに電気によって無理やり身体能力を向上させる訳だ。

 もちろん身体に掛かる負荷は尋常じゃないし、使えば使う程身体が壊れていく。


 船上での見張りの時は微弱なエーテル霧であった為に、常に微弱な静電気に変換する位で済んだが、見張りの為だけにアンプルを打ち込むとなると、その間ずっと身体にエーテルが残る事になる。それがいつ変異の元となるか分かったものではない。


「うるさい!二人とも黙って撃って早く追い返して!こんなところとっと抜け出なきゃいけないだから!」


 三人とも罵り合いながらもすぐさま銃を引き抜き迎え撃つ。


 ライラはすぐ傍の木に飛び乗り高所からの制圧、ファングは背中の丸いパンマガジンが特徴のライトマシンガンを撃ち放つ。


 肉厚で硬い鱗にライラの小口径サブマシンガンはあまり効果が薄いようだが、ファングの大口径のライフル弾を連射するライトマシンガンにはひとたまりも無いのか、数発を受けた瞬間トカゲは悲鳴を上げるように叫びながら裂け目に隠れてしまった。


「逃げた?」

「背を合わせろ、獣相手に隙を見せるな」


 戸惑うライラにファングが一声かける。

 ライラの登った気を中心に背を合わせ周囲を警戒する。耳を澄まし、目を見張り、銃を構える。

 

 既に相手有利の状況、こちらは待ち構えることしか出来ず危機的状況に、心臓が高鳴りでこちらの神経が張り詰めるのが分かる。


 ライラに至っては苛立ちからか、浅く早い息遣いが聞こえる。


「息を荒げるな、深呼吸じゃ。こちらに余裕がない事が相手に伝わるぞ」


 普段の頼りなさは何処へやら、冷静に諭してくる。目つきも狩人のそれに近く研ぎ澄まされている。熟練の兵士だけあって場馴れしている。


 そうこうしている間に獣達は大きく吠え俺たちの死角を動き回る。

草むらを動く擦れる音、裂け目を通る砂利を踏む音。何処から跳んでくるかを僅かな情報からその気配を探る。


 まだホルスターから抜いていない俺のリボルバーにかざす指先が、わなわなと動きいつでも引き抜けるように待ち構えている。


 そして何かが飛び出す音を聞いた瞬間、その方向へ瞬発力と反射神経だけで引き抜かれる最小限の動きだけで行われる腰撃ち、ファニングショットの早撃ちを行う。


 最早何かを認識する暇もない反射的で、正確な発砲。


 飛んでいく弾丸の先が、大口を開けて飛びかかるオオトカゲの口内だと気付いたのは、そいつの臓器を引き裂いて貫通した後だった。

 その亡骸は飛びかかる勢いそのままに、俺にぶつかるスレスレで沈黙する。


「ガァ!!痛ってぇ!チッ、エーテル無しだとこんな感じか……」


 無理な姿勢で撃ったせいか反動で手首を痛めてしまった。

 エーテルによる感覚補正と瞬間的なりきみの制御によって、今まで六連射が出来ていたが、やはり44口径のマグナムを扱うのは簡単では無い。


「大丈夫か?包帯いるか?」


 ファングは背中のバックにマシンガンを仕舞いながら医療品箱を取り出して来る。


「いや、いい。痺れたくらいだ。こんくらいなら構えて撃つくらいは出来る、早撃ちは無理だが」

「デイモン!どうしてそんな無茶するのさ!」


 ライラが木の上から憤りながら跳び降りる。途中ひったくるようにファングから箱を奪い、道具を取り出して無理矢理にでも治療しようと近づいてくる。


「いや、いいって」

「良くない!」

「物資は貴重なんだぞ」

「身体ほど替えの利かないものは無いの!あ、待て!」

「待たん!」

「何をしとるんだね。お主ら」


 ファングは自分を中心にグルグル回り始めた俺たちに、それ以上を言う事も無くただ見守るように立ち止まっていた。


 ライラの掴もうとする手を躱し続けるが、その手を躱した先で、ファングの巨体待ち構えていた尻尾に巻き付けられ引き寄せられてしまった。


「捕まえた!」

「ぐぇ」

「ほら観念して手を出して」

「だが……」

「何?」

「……何でもない」


 捕まってしまった以上、有無を言わさず治療を続けるライラにされるがままだった。


「ほら、大丈夫?動かせる?」

「ああ……助かる」

「で、何であんなことしたの?」

「エリマキトカゲの瞬発力舐めるんじゃねぇよ。あいつら水上走れるんだぞ」

「あの巨体が?」

「いや、ちっこい奴らだけだがよ……だが速かっただろ?」

「ねぇ……もう無茶はやめて。銃一つで行くのはもう限界なんだよ」


 ライラは包帯を巻く右手を見て言う。エーテルを使わない戦闘でとうとう自身の行動で負傷してしまうような状態だ。いかに自分が今まで魔術に頼っていたかを思い知らされる。


「よし、わかった、わかった。シェルターに着いたら武器を新調する。身体に負荷の少ない小口径の奴」

「あたしも同行するから……じゃなきゃ駄目」

「ああ、そうだな」


「そうかの。それで、もう良いか?老人にその甘酸っぱい青春は、ちとキツイ」

「すまん大尉。取り敢えず全員無事か?」

「お主以外な」

「うるせぇ……行くぞ。銃声で獣は逃げたかもしれんが、違うのは来るはずだ」


 俺たち一行は草むらを搔き分け、道を進む。日はまだ登ったばかり。目的地は見つかるきざしは無い。何処から何が来るかわからない先の見えない薄暗い森の中を、神経を張り巡らせ歩み続ける。

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