第7話 誰もいない港


 変化があったのはそれから数時間後、日も変わりかけた夕方だった。


 見張りを交代し、崖の上を眺めていた時だった。夕焼けと星空入り混じり、薄っすらと大陸を照らす。薄暗闇の先、とうとう崖が途切れたかと思った時、それは現れた。


 門のように両脇に構える崖の間、そこを俺たちの背後から照らす夕焼けが大陸内部へ続く順路を指し示す。その奥に開けた湾岸が見える。天然の要塞である大陸に続く。


「地図によればその先がカニス1の貿易港だった場所、バブル港だ」


 だが大佐の言葉とは違い、そこには一隻も船は見当たらず人気ひとけは無い。


「誰もいないのか?」


 夕焼けで赤く染まった建物達の背後には背の低い岩山と乾燥した砂利道が目立つ。それ以外、動く物も、変わる景色も無い。さざ波と風を切る音だけが鳴り響く。それ以外の音が流されるような、寂しさだけがそこにはあった。


「敵影なし、ヤだなここ。怖くてしかたなぜ……」

「ともかく、上陸だ……」


 大佐の言葉も何処かに攫われ、漠然とした不安感が残る。




 港の桟橋を足を下ろした時、その寂しさの理由が分かった。


 赤焼けの建物達は誰も手入れしておらず、もはや朽ちかけだ。

 倉庫らしき大きな建物はトタン板の屋根は錆び付き穴だらけ、石造りの建物は所々窓は割れて壁の塗装は剝がれている。


「放置されて随分経っておるのか?」

「ライラ、偵察を頼む」

「はーい」


 軽業師よりも軽快に近場の建物の出っ張りに爪を引っ掛け、音もなく猫のようによじ登っていく。屋根の上でライラの姿が見えなくなるまでそう時間は掛からなかった。


『港で使えそうな物質があれば持って来てくれ!こちらも防備を固めなければならない!特に食糧はな!』

「了解」


 無線での指示通り、今日はここの安全の確保が最優先だ。こんな時代、どこに誰が居るかなんて定かでは無い。船への襲撃を仕掛けたり、コッソリ忍びこもうとする輩なんて掃いて捨てる程居るものだ。

 この港を拠点にする以上、そこを出来るだけ安全を確保するのは当然のことだ。


「どうじゃ?デイモン変異体はおるか?」

「待ってくれ。今、量を調整中なんだ」

 

 俺は今、海の上で行ったエーテルの共鳴の為だけのアンプルを制作している。


 エーテルアンプルの中身を別の専用の注射器で抜き取り、その分だけ生理食塩水を混ぜる。そうすることで既存のエーテルアンプルより低濃度のアンプルの完成だ。


 出来たアンプルを注射器にをはめ込み、刺してボタンを押す事によって容器の中身を全て打ち込む。俺の持つ注射器は、戦闘において素早い投与を必要なだけ可能にするため最大限考慮された使い切りのタイプとなっている。

 魔術師の経験則に基づいて必要な量のエーテルだけを打ち込む事で、余剰摂取による変異の可能性を下げる為の、どの魔術師も行っている対策だ。


「見た感じでは小さいのがチラホラ、鼠とかそんくらいの大きさの奴しか見えん」

『こっちも動くものは見えないわ、人影もそんな物音も。放置されて随分時間が経っているのかしら?』


 港の傍を見渡す限りでは、散乱する破り捨てられた積荷や壊された木箱が見受けられる。


「何も残って無さそうだな……」

「最悪、廃材だけになりそうじゃがな」


 ファングのため息交じりの言葉にやるせなさを感じながら港町に足を踏み入れる。


 建物は土埃で薄汚れ、道であるはずの石畳の隙間から雑草が生え散らかしている。崩れた屋根、錆びた金属臭、土で乾燥した潮風、文明的であった場所が少しずつ自然に還っていく。


「何があって放棄されたんだろうか?」

「ワシが思うに逃亡……じゃろうか」

『何から?』

「そりゃ……バケモンか略奪者かのう」

『でもここには何も、誰も居ないだけど?』

「どっちであろうと、何も無いってことは粗方食い潰された後って事なんだろう」

『そして放棄された……ってことなのね』


 この秩序だった人間文化の滅び。どうしようもない自然の摂理によって結局は人間は自然の一部である事を再認識させられる。


 夕焼けの入り込む隙の無い、誰もいない入り組んだ路地を歩く。


 結局その日はその辺りの廃材で桟橋付近にバリケードを作るくらいしか何も出来なかった。

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