第一章 荒れた土地、荒れた心

第6話 囲われの大地


 カニス共和国。それは世界大戦当時、ハーティス帝国側についていた大国だった。


 スペドと表立って敵対していた訳では無いし、ハーティスと取り分け仲が良かった訳でも無い。だがスペドの同盟、クローブル合衆国との仲は最悪としか言いようが無かった。


 未開の地に押し入った文明人ドワーフとそれから身を守らんとする原住民エルフ、分かり易く言えば貴族と農民のような、いや下手をすれば奴隷のような、作り出した資源を一方的に搾取される関係。言わば植民地だった。

 俺が産まれる前には既に独立した後で、クローブルの置いていった装置や技術でなんとか大規模な食糧生産と鉱物採掘を実現していたが、それでも他国と比べると工業生産力や軍事産業の面ではどこよりも劣っていた。


 そんなカニスにとって幸運だった事は、スペドの戦力は広範囲に防衛線を張りながらハーティスの艦隊の対応に追われ、攻めて来る事はハーティスへの輸送船を襲う以外には稀だった事。

 何よりも仲の悪い主人であったクローブルはハーティスに対して強力な防衛戦を行うだけで、何処とも直接的な戦争をする必要が無かった事だろう。


 比較的戦火を逃れた大陸、そこへ向かう俺たちは今よりもマシな文明的な生活を期待していた。


 結果的に言えば豪華な物質と住居はあったがそれを簡単に享受出来る程、そもそも俺たちは歓迎されていなかった。



 ♦



「デイモン!デイモン!大丈夫か!」

「あぁ~、大丈夫、大丈夫だから大佐、耳元で叫ばないでくれ……」


 エーテルの霧を抜けた後、俺は船内のベッドで横になっていた。エーテル魔術の過剰使用で混濁する意識の中、俺は受け答えする。


「ほれ起きろ……もう見張りには戻れそうか?」


 軍服の上からとって付けたような白衣を着るファングからは、簡単な検査を受けた後にそう聞かれる。


「それにはもう少し時間をくれ……あと水をくれ……」

「そうかの、霧はもう抜けた。デッキではカトラスとライラが見張りしとる。交代出来そうなら連絡を入れてやれよ。ほれ、お前の水筒じゃ」

「ああ……助かる」


 受け取った水筒の水を飲み干し、そばで座っていた大佐に尋ねる。


「それで大佐、今どのくらいでまで進んだんだ?」

「それには操舵室についてから話そう」


 自分が倒れているベッドから起き上がり医務室から出ていく二人に付いていく。





「ピー♪ピッピピー♪」


 操舵室に入って真っ先に、鼻歌まじりに操舵輪を持つピーの後ろ姿が真っ先に目に入る。船の窓から見るには、左側に見える大陸に沿って進んでいる。


「現在は大陸の北部周辺を回って泊まれそうな港を探している。問題なのは!まだそれは見つかっていない!」

「海からじゃ人が住んでいそうな集落も見えん。カニスは大陸の中では一番小さい方じゃが、このままだと先に物質が底ついてもおかしくない」


 窓から見えるカニスの大地は乾燥した草原とサバンナ。切り立った断崖の中に小さな砂浜や岩場が点在するだけで、港町と言える場所は今のところ見えない。

 この大陸は天然の要塞のように崖に囲われており、昔から余所者の侵入を拒んでいる。世界大戦の時もこの崖を超えようとスペドの艦隊が押し寄せたが、この船よりも高い崖が何度も行く手を遮った。


「そこで物質が尽きる前に!戦前の情報と地図を頼りに肝心のマキシマムディアモルド社が拠点にしてそうな場所に目星をつけ!そこに先遣隊を派遣する事にした!」

「取り敢えずお前さんが起きるまでは、メンバーは決めて無かったがの」

「取り敢えず!デイモン兵長!君に先遣隊のリーダーを務めて欲しい!」


 俺と大佐、ファングの三人が取り囲む机の上には世界地図が広げられ、その周りに観光ガイドや軍事ファイルなどの何かしらの資料が置かれていた。都市部や工場地帯、大規模農園が有名だったところにピンが刺されている。


 そのどれもが内陸部に位置するため全員がそこに移動することは出来無さそうだ。一時的に離れるだけならまだしも、何人かが船番をしなければいつの間にか船を乗っ取られても困る。その為の先遣隊だ。


「メンバーはどうするんだ?」

「今の所はスペドと同じ、ワシとライラの二人じゃ」

「いつも思うんだがファング!お前は上官であるのに何故!リーダーをしないんだ?」

「めんどくさい」

「よし!表出ろ大尉。今日こそその腐り切った性根叩き折ってやる」


 そういうと大佐は有無を言わさずファングに掴みかかり引きずり去る。俺にも有無を言わさず瞬く間に何処かに行ってしまった。


「あのアホンダラ共……」


 まだ会議中で計画のケの字も話さない内に中断されてしまった。


「ピー?」


 自由すぎる上官二人に先が思いやられ、項垂れている俺にピーがどうしたのかとこちらに振り返る。


「お前も大変だよな、ピー。親父一人、子一人で生きていくってのは。さらにその親父が結構な色物だと尚更な」

「ピー……」


 その返答は同情なのか、それともただ愛想笑いから出たものなのかよくはわからなかったが、同じような気苦労だけは感じた。


「ずっと、同じ景色なのか?」

「ピ!」


 頷く。


「変わろうか?それなら出来るくらいには回復した」

「ピーピ」


 首を横に振る。


 ピーは昔から言葉が話せない。だから、彼女の身振り手振りから読み解くしかない。さいわい、軍隊と言うのはハンドサインや旗信号など言葉でなくとも相手に何かを伝える手段がある為、ある程度訓練すれば意思の疎通に問題は無かった。


 ともかく、今する事がない以上、操舵室でのんびりと過ごすしかなさそうだ。


 窓の外で殴り合う上官二人と、そこから離れて黙々と見張りをするライラとカトラス。高くそびえ立つ崖の上に見えるカニスの壮大なサバンナの下で行われるバカ騒ぎを肴に、ゆったりとした船旅を満喫することにしよう。


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