第5話 海の王者



 俺たちが先程まで居た、高台と防壁が目立つ島々が瞬く間に遠く離れていく。 

 船は猛スピードで大海原を進む。陽の光に当てられ、心地いい潮風に後押しされるように進んでいく。船の上から眺めは、海が紫であることを除けばいい景色であるのは間違いない。所々にある小さな島々の近くを通り過ぎながら、目的地まで南下していく。


「デイモーン、何か見えるー?」

「何も無い。異常なしだ」


 今俺がいるのは船で一番高い場所、操縦室の真上だ。その上から敵船や化物などの襲撃がないかを見張っている。下から声を掛けるライラは、船前方にある砲台の上で見張っている。

 眩しい程に海全体を照らす陽の光の下で、洞窟で隠れていた船の全体が明らかになっている。


 この船の船体には正式名称、海戦車パンツァーシェル号の名が刻まれている。


 前も言ったが戦車砲付き大型クルーザーのようなもので、長距離運行能力と幅広い生活スペースを確保しながら、戦車としての戦闘能力を持つ。戦艦と違うのはこの船は並みの駆逐艦よりもさらに小さく、小回りが利いて、尚且つ最小の4人で運用出来る点だ。

 欠点としては、並のクルーザーより大きいとは言え、他の船と比べれば小型であるゆえ大波にさらわれ易いため、酷い荒波の時は進むことが出来ないのだが。


 さて、本題としてこの船のすごい点は大型クルーザーの中でも十数人は優に乗れる程のなかなかの高級品だということだ。大きさだけで言えば海外の富豪や、映画のマフィアとかが使ってそうな程の規模だ。


 船後部に収納されているゴムボート、船前方の甲板に取り付けられた軍用の砲台、俺にはよく分からないレーダーと言った普通の船に無いような物が取り付けられているが、外見や中のデザインは粗雑で後付けの設備や剝き出しの配管など、ボロボロの箇所が目立つが機能性としては十分だ。


 弾薬庫、食糧庫、エンジン室など多種多様な設備はもちろん、魔法装置が家電製品の代わりに置き換えられている為、冷蔵庫やトースター、ガスコンロと言った最低限のキッチン設備は常備されている。


 岸に泊めれば海上移動用の簡易基地として使える船だ。こんなもの戦前から手に入れるのはかなり難しいだろう。

 この船に拾って貰えたのは非常に運が良かったと常々この喜びを嚙み締めている。


「デイモン、暇だね」


 俺が見張っていた高台の鉄柵の向こう側から船の壁を登って来たライラが飛び込んで来た。


「見張りはそういう任務だ」

「しりとりでもしようよ?」

「よくもまぁ、任務中にそんなことが言えるな」

「何も無いんだもの。しょうがないじゃない」

「岩場からひょっこり海賊でも出てくれればいいんだが」

「ガンタレットを構えろー!って?」

「テロリストじゃねぇか?そこまで行くと。ガンタレット持ってる海賊って強すぎるだろ。そんなもん何処で拾ってくるんだよ」

「あ~……駄目?」

「駄目さ、『よ』から始まってねぇから」


 しまった、と口を開いて硬直する彼女に対し、俺は小さく笑う。

 

 これは普通にしりとりに飽きた戦前の軍からひっそりと楽しまれていた遊びだ。なるべく自然な会話でしりとりを続け、「ん」が付く以外にも変な事を口走った瞬間負けだ。この遊びの際、上官に私語を注意され罰を受けるか、どっちが負けるかで周りの人間が賭けをしたものだ。


 その際、変な語尾で喋べった奴は負けと言うルールがあった。


 実際居たのかわからないが「~でガンス」や「~でござる」を普段使いしていた奴は、まだ「~です」や「~である」と言ったものと互換性があったため許されたが、「~なのら」とか「~だっぺ」と言ったものを使い出した瞬間リアルファイトに発展した例は数知れない。

 最近の例では、大佐がファングに「じゃ」攻めされて殴り合ってた。


 こんなのが上官でいいのか?


「あちゃ~。じゃあ今のでから始まる良い返しって何があるのさ?」

「が?が~……」


『ガスだ!マスクを付けろ!』


 その声は俺の口ではなく胸元の通信機から聞こえてきた。

 その言葉通り、船の進路の向こうでは一面白紫の霧が立ち込み始めていた。

 ライラは急いでガスマスクを付ける。


 ただの霧に思えるかもしれないが海の上の霧は十中八九、エーテル霧だ。

 海の中よりエーテル濃度は低いがその霧の中にいる間、知らぬ間にエーテルをどんどん蓄積してしまう恐ろしい霧だ。長時間その霧に晒されるのは知らぬ間に変異してしまう可能性がある為、長居は禁物だ。


『マスクのフィルター節約の為!見張り任務はデイモン兵長1人のみとする!』

「了解」

「了解。というわけであたしは一足先に戻るね」

「ああ、丁度良かったじゃねぇか」


 そう言ってライラが船の水密扉を開けて中に入ると同時に周囲が霧に覆われていく。


 マスクをしていない俺は冷たい霧が肺に入っていく冷たい感覚を感じながら、意識を研ぎ澄ましていく。首元の刺青が少しづつ紫色になっていく。

 エーテルアンプルを打ち込んだ時と同じ、魔術の行使だ。時間感覚が遅くなると同時に、空気中エーテルを感じる。海に撒かれた高濃度のエーテル、空気中にある微弱なエーテル。


 魔術師はエーテルを摂取することでエーテルの流れを感知出来る。この前、不定形の化物のコアを打ち抜いたのもこの感知能力の応用だ。

 このエーテルの共鳴と呼ばれる現象は、周囲のエーテル物質を含む存在を感知出来るようになる。エーテル結晶や変異生物、魔術師と言った他の存在を。


 エーテルと言うのは不思議物質だ。一体どういう原理で変換や変異が起きているのかさっぱり判らない。そもそも、エーテルと言うのは何処で現れたんだろうか?

 みんな当たり前のように使っているエーテル結晶。グランマ山脈から豊富に採れたエーテル鉱石。


 その起源は?成り立ちは?地下から採掘出来る以上、金属のような物なのか?それとも燃料のような使い方であるため石油のような物なのか?それとも天然ガスか?


 俺は生まれてこの方、エーテルというもの正体が解らない。

 考え無しに何処かの転生した人々のように受け入れれば良かったのだが、余計な事を考えやすい俺としては非常に気になって仕方が無い。

 当然のように人間の身体機能に最初から備わっていない存在の時点で、俺はエーテルへの疑問が尽きないのだ。


 ふと、そう考えふけっていた時。 


 海の底からエーテルを持った存在の接近を感じる。


 この船より大きく、陸の化物共より濃いエーテルの脈動を感じる。


「!……大佐!面舵一杯!」


 船が右に曲がると同時にギリギリの所から巨大なものが水面から飛び出し、大きな水しぶきを上げる。


 紫掛かった白く不気味な霧の中、その全容を捉えるのは困難だが、黒く濁った眼を船に向けたシルエットが見える。白く八本の触手を船体に唸らせ、船の側面を掴み海に引きずり込もうとしている。


『デイモン何だ!?何が起きた!』

「クラーケンだ!下からやって来た!」


 リボルバーを引き抜き、船を掴む触手目掛けて発砲するが、巨大な触手相手に6発の弾丸だけじゃあまり効果は見られない。


(この霧の中でまともに戦えるのは俺だけ、マグナムも効かない……不味いな)


『今カトラスに砲台に向かわせている!それまで時間を稼いでくれ!』

「わかった!」


 通常火器が効かないとなれば、もっと強力な武器が必要だ。その答えはすぐ近くにある。

 高台から飛び降り、甲板に取り付けられた固定機銃まで走る。

 途中船が揺れ、足元を取られる。

 足の竦んだ俺目掛けて、クラーケンがスミを吐きつけようと頬らしき器官を膨らませていた。


「クソ!邪魔をするな!」


 手にしていたリボルバーを構える。適当に撃っても効果は無い。針のようダメージしか期待出来ないとなると狙う箇所は一つ。


「よーく見とけ!」


 銃声と共にクラーケンは触手を離し、吠える。

 怒りを剝き出しにこちらを見つめたクラーケンの片目は血を流し一本の触手で抑えられていた。


「ふん!狙いやすいデカい目玉してるのが悪い!」


 その間に鉄柵に取り付けられた機銃へ走りながら撃ち出すがもう一発を撃つが他の触手に防がれてしまった。それとは別の触手で進路を塞ぐように触手が振り下ろされた。ならば船後方の機銃へと向かおうとするがそちらも退路を塞がれる。

 その二つの触手が挟み込むように打ち付けようと、しなる。


「オイオイ……流石にこれはどうしようもないぞ!」


 絶対絶命かと思った時。


 ドォン!と大きな轟音が響きクラーケンの顔面が炸裂した。


「グットタイミングだ!カトラス!」

『どんなもんだ!』


 声高らかに歓声を上げるカトラスに感謝しつつ、ようやく機銃に辿り着いた。


 船はクラーケンの周囲を旋回しながら狙いを澄ましている。

 クラーケンの潰れた片目側は吹き飛ばされているのに、未だこちらから狙いを外すことはない。自身の前に幾つかの触手を構え、2発目を警戒しているようだ。


『デイモン!まわりの触手を撃ってくれ!このままじゃ防がれる!』


 高速連射される一発一発を正確に、エーテルの体感時間延長の効果で引き延ばされた集中力で的確にクラーケンの足を撃ち、弾が当たるごとに肉が弾けるように抉られていく。


 機銃から撃ち出される50口径弾は敵車両や敵戦車を撃ち抜く程の高火力を持ち、その威力は対物ライフルに用いられる程の強力な一発だ。それが何発も飛んで来るとなると柔らかい触手はひとたまりも無い。


 瞬く間に触手を切られてしまったクラーケンの顔面に二発目の砲撃が直撃する。


 撃たれた衝撃のまま水底に沈んでいくクラーケンを見届ける。


 大戦当時、これほどの船は何千とあった小回りの利く海戦車達が、ハーティスの艦隊を沈めていくのを何度も見ていた。


 だがそれでもなお、負けた。負けたのだ。


 砲台のハッチから、嘴の形に添ったガスマスクを付けたカトラスが出て来て俺とハイタッチをする。


 船内を走り抜けたのかカトラスは肩で息を切らし、俺は魔術の長期間の使用で限界を迎えていた。


 玉座から降ろされたスペドに今や栄光も王としての威厳もない。

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