第4話 今後の方針
「では!定例会議を行う!」
「……」
船内の操縦室で集まってのいつもの会議、戻って来た大佐と衛生兵サーベル・ファングの顔は、両者共にボコボコに腫れ上がり目の上のこぶは非常に見えにくそうだ。ここまで来るのにどういう殴り合いがあったのかは知らないが月1でよく見る光景だ。今じゃ誰も気にしない。
「今回!シェルターから払われた防衛任務の報酬は!エーテル2kgと食糧4日分だ!」
「まてよ!ついに現物支給になったってのかよ!」
今までエーテルでの支給が常だったが、物資を提供し始めたと言う事は相当不味い事だ。全員に支払う給金が足りないと同時に、いざという時に魔法装置を動かす為の燃料も足りなくなってきているということだ。
「ああ……ここも度重なる襲撃にそろそろ支給体制にガタが来てるのだろう。だからこそ!諸君達にこの先、我々スペド傭兵部隊がどうするかの方針を決定しようとの相談だ!」
「まぁ、正直そろそろ別のシェルターに移動した方がいいじゃないかというのがワシの考えだがの」
そう発言したのは顔を腫らしたファングだった。薬を塗りながら答えてる。いくら薬草から直で作られた傷薬だからとは言え、仲間内で馬鹿みたいに消耗させるのは勘弁して欲しい。言っても無駄だとは俺自身良く分かっているのだが。
「増える人員に払える程備蓄が残っていないなら、このまま居ても得は無い。むしろ俺らみたいな足のある余所者は、シェルターの為にとっとと出ていった方がいいのは俺も同意見だ」
今、俺が乗っている船を足でたたきながら言う。
「ワシが聞いた話によると、しばらくは大規模な襲撃は無さそうと言うのはホントの所らしい。壁で飲んでた時に戻って来た偵察隊の話によると、じゃが」
「でも、その判断をする前によ。航海を続ける為の食糧と燃料だけは確保しないといけないわ。それで大佐?そっちの方は収穫はあったの?」
「ああ!そうだったな!こっちの本島探索の成果を話してなかったな!」
「あそこの霧はすっげぇ紫だったぞ」
「ああ、ガスマスク無しでうろつくのは非常に危険な状態だった!それに……」
大佐は軍服から取り出した三枚のポラロイド写真を見せてくる。
どの写真も紫色霧が全体に広がり、廃墟の街が広がっている。そのあちこちに結晶化したエーテルが瓦礫を覆うように広がっている。遠くに見える山脈には巨大な変異生物らしき影がある。そして、その山脈の頂上には一際強く輝く紫の結晶群が見える。
俺たちがこのシェルターで防衛任務を請け負っていた間、大佐、カトラス、ピーの三人が居た場所はあの紫色の霧と結晶に覆われた島、スペド王国本島だ。
「どう見ても人が住める環境じゃあないのう」
「ああ、戦争から三年。当時爆弾が落ちた頃はまだここまでは酷く無かった!いくらグランマ山脈がエーテル結晶の鉱脈だったとは言え、あんな巨大な結晶石は見たことがない!」
「高濃度の汚染で何かが起こってるのは確かだな」
「やっぱりここまで酷い汚染じゃまともに暮らすのも無理ね」
「それで今回の初調査、何処まで行けたんだ?」
「港近辺の城下町前までの辺りだ!見る影もなかったがな……」
「そこだけか?王城にすら着いてないのか?」
「奥の調査まではいけなかったんだ。マスクのフィルターが足りなくてな」
「大佐、フィルターは何個持って行った?」
「1人6個だ!」
「6個……1時間分か。しかも行き帰り合わせてだと半分の距離で引き返さなきゃならんのう」
「フィルター6個×3人、18個。1つ500gだから……フィルターだけで9㎏の損失なのよ。それに見合うだけの成果はあったんでしょうね」
物資管理係であるライラはこの船で誰よりもエーテルの出費にうるさい。
現在の元スペド王国の状態が分かった所で、この国の人間では無い彼女にはどうでもいいことでしか無い。鋭い眼光が大佐を捉えている。
「勿論だ!ライラ一等兵が出した条件、エーテルの採掘はピーとカトラスにエーテル結晶を回収させておいた!」
「ピ!」
ピーがそう自分に注目を集めさせると袋一杯のエーテル結晶が出て来る。少なくとも10㎏は下らない。まだピーの後ろにその袋がまだ見える。
「わぁ、こんだけのエーテルがあれば今の足りない食費と燃料問題が解決だぁ。うへへへ、ちょっと、ちょっとだけ……」
机の上に置かれたエーテルの袋の中身をまじまじと一つ一つをその蕩けた蛇の目で確認しているライラを放置して、俺は一つ気になったことを聞いた。
「なぁ大佐……もしかしてピーが今日金庫に入れた結晶って……」
「ああ!そこで泊めた船の近辺で回収させた分だ!それを純度を高める為に再精製しただけだ!」
「なんじゃデイモン。うちの船で作れる結晶なんて、一日多くても500gが限度なんて知ってるじゃろうに」
「それが全部で幾つだ。ピー」
「ピー?ピ!」
ピーは手元のボードで数字を書いて見せた。
「5、500kg!?たった二人でか!?」
「ピーが集めておいらが運ぶ、今日はなにもしたくないぜ……」
肩と腰を抑えるカトラス。しばらくは見張りの任務を代わってやった方がいいかもしれない。というか二人が回収していたとなると、実質探索をしていたのは大佐一人となるのだが……
「それでライラ一等兵!……ライラ一等兵!?いい加減に会議に戻ってくれ!」
「え!?あ、あ~えーとなんだっけ?」
「ライラ、エーテルを見つめてないでいい加減に会議に戻れ。エーテルは出港に十分な量なのかお前が許可を出さんと話が進まん」
「大丈夫、大丈夫だよ、うん。食糧の備蓄はあるし、今の購入リストにある分を買ったとしても全然余裕が出ると思う」
その返答に満足出来た大佐は胸を張って話を進める。
「よし!ではここからが今回の本題だ!これだけの結晶が一日で取れるとなれば、我々の悲願!スペド王国の復興の交渉も夢じゃない!そこで大事なのはまず何処と協力関係を結ぶかだ!そこによって我々の行き先が決まるのだ!」
「当てがあるのか?」
「そこからはワシの話じゃ」
待ってましたと言わんばかりに立ち上がり、壁に立てかけてある世界地図に磁石で印を付けていく。
世界地図には主に四つの大陸が描かれている。
北東にある地図の縦断する、幅広く伸びるスペド王国のグランマ山脈の本島とそれを取り囲むようにまばらにある諸島のホワイト諸島から構築される、スペド大陸。ここにはかつてオーガの国王とその一族が居た。ちなみに我々がいるのはホワイト諸島の南だ。
そこから南東には原住民のエルフ達の住む熱帯の諸島シザ熱帯諸島と、乾燥したサバンナの広がるボルディ平野から採掘される鉱物資源で有名なカニス共和国のあった、カニス大陸。
スペド大陸から西の方角には、スペド大陸と同じ様に縦に伸びる最大の大陸があり、北から雪が降り積もる幾つもの丸い山々が連なるフサ山脈には、ドワーフ発祥の技術大国、クローブル合衆国が支配していた北ウッド大陸。その下には対極となる高低差ある地形の、フルツ亜熱帯広がる南ウッド大陸。それらを繋ぐ岩山のエダ湾岸から、ウッド大陸は構成されている。
そして南ウッド大陸とカニス大陸に挟まれるようにある、ほかの大陸と比べて少し小さな、大きな砂と岩石で構成された、スペドを打ち負かしたハーティス帝国のあるハーティス大陸。
主にこの四つの大陸と四大国、その周辺の島々の国がこの世界、アンヘルを構築している。
「ワシの耳には候補が2つ入っとる。1つは、南の元カニス共和国で復興を指揮するマキシマムディアモルド社。今現在では全勢力の中で最大規模の穏健派かつ、資源豊富な土地だから開発拠点を置くには最適じゃ。距離も近いしまず一番にここに向かうべきじゃろう。巨大な勢力だから、こちら側から出向いて交渉するしか無いがの」
「反対する理由は何処にも無いな!」
その言葉に誰もが口に出すわけでは無いが、頷いている。
「そして2つ目じゃが……」
「どうしたファング?言い淀んで?」
「いや大佐、流石にこれは……反対されると思うてな」
「いいから言ってみろ!私は可能性があるなら!何だって賭ける!」
「それがハーティス帝国の……」
「断固反対だぁ!!」
「はえーよ、大佐」
その言葉を聞いた瞬間、大佐は怒りのあまり顔中に青筋を浮かべ力いっぱい叫ぶ。いつもの大佐のハーティス嫌いにはため息が出る。敵だったとは言え、いくら何でも名前を聞いただけで拒否反応は無いだろう。
「いや大佐、ハーティスだからこそ聞いてもらわな困るんじゃが……」
「どういうことなの?」
「ライラ一等兵、デイモン兵長。通信を傍受してた時に、帝国はお主ら二人に生け捕りの司令を出しておる」
「へぇ……」
「はぁ、面倒だな」
ライラの口から出たのは静かに怒りのこもった一言だった。俺の方はため息しか出なかった。
「お主ら、何か知っとるのか?」
「あたしの方は多分ただの家の問題だけどね。あたしがクソ喰らえと言ってたとでも返しといて」
「あぁ、捕虜時代に厄介な事に巻き込まれてな……」
ハーティスにとって、俺はただでさえ敵国の兵士だというのに、それも大勢の仲間を殺した相手なのだ。その後どうなるかは想像に難くない。生け捕りなのは恐らく、公開処刑で民衆の支持を上げるためだろう。俺が巻き込まれたのはそれ程の事だったのだ。
俺はそれ程、ハーティス帝国の連中に恨まれている存在と言っていい。
「まさかとは思うが!お前!二人を手柄に帝国と取引しようと言うのか!」
「違う、本題はここからじゃ。戦時中当時の女帝プリンシラ・レッグドールが暗殺された」
「何!?」
「え!?噓!?」
プリンシラ・レッグドール。その名は戦後に残る最後の四大国の首相の一人、その人の名だった。スペドでは戦争を仕掛けた傑物、ハーティスでは悪鬼スペドを討ちとった偉人として祭り上げられていた。そんな人間が殺されたのだ。
「それは分からん、だがあのプリンシラを帝国内で殺したのじゃ。そう易々と出来る事ではない」
世間の評価がどうであれ、どの称号にも恥じぬ程の実力者だった。そんな彼女が殺されたとなれば、帝国の内政は混乱状態に近いだろう。
「……つまりはどういうことだ?」
「つまり、その反帝国の組織と協力を結べるかも知れないということか……」
いまいち情況を理解出来ていないカトラスに俺は言った。
「帝国も一枚岩では無い、と言うことだな!」
「そうじゃ。そこと協力関係を結べる事が出来るかもしれん。今は何もわかっとらんがな」
「けどよ……わかんないっていうなら今はカニスに向かうしかないんじゃないか?」
「カトラスの言う通りだな!兎に角!今!出来る事からしようではないか!」
「そうと決まれば出港準備だ!物質を揃えろ!行き先はカニス大陸だ!」
全員の敬礼の後、準備に取り掛かる。
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