第3話 皮肉な話②

 

「で?大佐たちが戻ってくるまでどうするんだ?」

「とりあえず、よけいな装備を置いてきたらどうだ?おいらはここで待ってるから大佐がきたら呼ぶよ」


 カトラスは手にしていたモップをロッカーにしまうと、操縦室の通信機の横でライフルの整備を始める。


「わかった」

「それじゃ、また後でね」


 その言葉と共にそれぞれが部屋に戻っていく。


 船内は、船が洞窟にあるということもあり薄暗い。特に窓も無いような奥の廊下はさらに暗い。

 なけなしの豆電球が天井からぶら下がっており、余りよく見えない。


 そんな船内の奥、俺の自室である武器庫はそこにある。壁際に置かれた棚に所狭しと並べられた数々の銃器と弾薬箱の中、片隅にあるベッドとボードの掛けられた作業机。


 そこが俺のプライベートスペースだ。

 机につけられたフックに、土で汚れた縫い目の荒いアーマーや今まで着ていたボロい野戦服の上着を立てかける。シャツ一枚とリボルバーと弾薬が巻き付けられたホルスターだけの軽い格好になると全身をベッドに投げ出した。


「よくここまでかき集めたもんだ」


 ここにある武器のほとんどが戦前に作られたもので状態の良いものだらけ。

 多少、戦後に作られたパイプクロスボウのような特殊な物もあるが、銃弾を使う物は殆ど戦前の品だ。俺の手にあるリボルバーも唯一、戦前から持っている逸品だ。

 だが殆どが替えパーツの無い一級品。数少ない兵士がその全てを使うわけでもなく、更に言えば取引に使う方が利益が高い為、ジャンク銃を普段使いするばかりで結局埃を被っている。



 スペド王国は敗戦国だ。それもただ負けただけでなく、国ごと亡くなったのだ。

 誰もが戦後処理に追われ、混乱の中でエーテル汚染が広がり、国として機能出来なくなった。当然だ。王都は消し飛んだのだ。王も街も、国家の中枢とも言える場所が根こそぎ無くなった中で、防衛も外交もまともに動けるはずがない。


 そのまま少しづつ、崩れるようにスペド王国は荒れ果て、誰もが変異した化物の蔓延る島から逃げ出した。

 

 だが俺個人は別にハーティス帝国が憎いだとかそう言った感情は無かった。

 そもそも俺が戦争に参加した理由も特に無い。産まれた家が軍属の家系だったからとしか言いようがない。幼い頃から決まった就職先があったんだ。それでお偉いさんが勝手に戦争を始めて、仕方なく、仕事だからと。ただそれだけだ。


 それに俺自身、あの頃捕虜としてハーティスに居たからこそ助かったと言える。

 色々面倒な事はあったが、まぁ命が助かったんだから良いだろうと言う思いだ。


 だがハーティス帝国も残念だったろうに。スペドが世界の覇権を握ることを危惧して起こした戦争の結果、世界にエーテル汚染というより面倒なモノが広がったのだから。


「デイモン?いる?」

「いるぞ」


 船内の扉を開けて入って来たのはライラだった。手にはボードに挟まれた一枚の紙を持っていた。


「支出報告書、備品の補充で何か欲しい物ある?」

「エーテルアンプル二つだけだ」

「よりによってそれ~?前も言ったけどそれ一番高いんだから他の物にしてよ。武器とか弾薬とか」

「アレが有ればリボルバー1丁だけで戦える」

「普通そんな事出来ないんだから勘弁してよ……」


 ライラはそう言うが、エーテルアンプルを使った魔術というのは機械による魔法よりも強力なのは間違いない。

 そもそもエーテルアンプルというのは、エーテル結晶を特殊な加工によって常に液状化させた物が入った小型の注射器だ。

 それを身体に描かれた刺青の中心に打ち込み体内で広がらせる。そこから刺青の形状から変換が行われ魔術を行使することが出来るようになる。ある者は腕から火を起こし、ある者は水を操り、ある者は植物の成長を急激に促す。彼らはまさしく前世の空想に居た魔法使いという存在であろう。


 そして俺は脊髄に電流を流し、大幅に体感時間を強化する。

 いや分かっている。上記の彼らよりショボいのは。


 だが彼らのように魔術を扱うのはそう簡単なことではない。そもそも使える魔法は魔法陣の刺青一つに付き一つのみ。それに、魔術師個人で自分がどれだけのエーテルで変異してしまうのかなんて誰も知ることが出来ない。下手に強力な魔術を使おうとして、知らず知らずのうちに許容量より多いエーテルを摂取してしまえば、魔術を使う前に変異してしまい化物に成り果てる。その基準は変異するまで解らない。

 魔術と言うのはそれだけ個人の先天的な体質と才能による、非常に扱いづらいものなのだ。


 ただでさえ強力な魔術師が更なる力を求め、巨大な魔術を使おうとして結局化物になったと言う御伽噺があるくらいだ。それだけ魔術と言うのは厄介で恐れられている。だから、俺の術は地味ではあるからこそ、エーテル摂取量の少ない術なのだ。

 

 そもそも魔術は派手さを求めるものでもないのだが……

 魔術と言うのは昔から、農作の為に雨を降らせたり、燃料の足りない時の非常用として発展したもので最初から戦いの為に生み出されたものでは無い。


 今では魔法技術によってエーテルの変換が行われている為、変異の心配の無い安全な産業資源としてかなり重宝されてはいる。


 つまり、魔術師の使い方は間違った使い方として浸透しているのだ。


「アンプル以外にはないの?ほら魔法道具とかでもいいじゃん」


 ライラもそう言った点を不安視しているのだ。特に彼女の場合は、彼女の出自も影響しての事だとは思うが。

 

「強いて言えばリボルバーマグナム以外で片手で使える銃だな」

「わかった……何かあったら見繕っておくね。あとそれと……」


 そう言ってライラは手に背中にかけていたサブマシンガンを渡してくる。


「これの点検、お願い」

「ああ、ちょっと待ってな」


 ベッドから起き上がりライラから銃を受け取る。

 彼女が使うサブマシンガンは前世で言うならMP3008が近いだろうか。

 全体的に金属板で作られており構造もシンプル。何が違うかと言えばそれの機構部の多くはスクラップから形成されており、雑多なパイプと一部機械部品で組み立てられている。グリップは適当な布が巻かれただけで、引き金に至っては何かのレバースイッチの粗雑な外見だ。

 それを机の上で動かして、バラして、ネジの一つからバネの強度まで、一つ一つ調べる。どれか一つでもひびが入っていればすぐさま新しいパーツと入れ替える。無ければジャンク品を一から削り、使えるように作り直す。


「そこまで見るの?」

「ああ、正規品ならともかく、素材が弱いんだ。無理に使えば案外簡単に壊れる。いくらこいつがジャンク品の中じゃ壊れにくいとは言えな」


 俺の作業風景をライラはじっと、その蛇のような眼で見ている。鋭い目つきと言う意味では無い。まんま、蛇と同じ瞳なのだ。彼女の瞳と鱗の肌は変異して出来たものでは無い。生まれつきそう言う種族なのだ。


 この世界には五つの主となる種族がいる。

 ヒューマン、エルフ、ドワーフ、オーガ、レザード。


 ヒューマン、人族。前世と同じ身体構造を持つ種族。これ以上の説明は要らないだろう。強いて言えば数が多い。


 エルフ、魔族。よく言う尖ったエルフ耳で、彼らは自身の体内に溜まったエーテルを魔術として変換出来る臓器器官を持つ特殊な種族。


 ドワーフ、頑族。伸長が低く、全体的に割腹の良い体付きの者が多い。とにかくスタミナと生命力が強い。何十日も寝ずに動けたり、傷を負っても治りが早かったりする。そして何故か手先が器用だ。


 オーガ、鬼族。一言で言えば背の高い角の生えた脳筋達。彼らは数は少ないが筋力は非常に強く、大抵の障害を筋力でねじ伏せれる程の強さを持つ。ただ脳筋故に柔軟な思考は無い。


 そしてライラの種族、レザード、爬族。彼らは鋭い爪とそれを防ぐ鱗のような肌、爬虫類のような尻尾を持つ種族。身体能力が高く、その爪で壁を登り、素早い身のこなしで入り組んだ地形を飛び交う。高低差のある地形では彼らの独壇場だ。


 主にそれら五種族が先頭に立ち、この世界を発展させたと言う。では獣人や鳥人は一体なぜそこに含まていないのか。

 生憎、俺には判らない。この世界の歴史についても明るくない。俺が知っているのは、獣人と言ってもあまりにも種類が多く分類分けが困難なのだろうと言う事くらいだ。


「何?じっとあたしを見て?」


 彼女の顔には頬から首元にかけてその鱗のような肌が見える。ワニのような並びの良いその鱗が目立つが、見る限りでは特に人間と違う印象は無い。だがその鋭い眼と尻尾を見れば違うと言う事はわかる。その五種族は全員に会ったこともあるが、上記の点以外は人に限りなく近い外見だった。


 それ故、今でも俺には種族が違うというよりは、その特徴がただのコスプレではないかと思えて仕方ない時がある。

 思わずその肌に手を伸ばして剝がれないかと思うくらいに。


「デイモン!?ちょっとくすぐったいてば!」


 だがその皮を擦った感触は固く、だが滑らかで、後から貼り付けたような違和感は見られない。


「ちょっと、デイモン?なんなのさ?」

「あ、いや……すまん。見れば見るほどその肌がどうなっているか疑問でな。あー、ほら、終わったぞ」

「もう……そんな気になる事?というか、初めて会った時も同じことしたよね?」

「自分にはないモノがあるとこう、好奇心がうずくだろ?」

「だからと言ってレディの体を勝手にベタベタ触って言い訳じゃないんだよ、このバカ」

「いて」


 脳天チョップが飛んできた当たりで、作業台の通信機から連絡が来た。


『おいデイモン、ライラ。大佐がきたぞ。ピーも連れて来てくれ』

「やっと帰ってきたか」

「さて、じゃああたしはピー呼んで来るから」

「ああ、先に行ってる」


 部屋から出ていくライラの後ろ姿を見送った後にあの時の事を思い出す。

 牢の中で出会い、銃を向け合い、切られ傷つけ、そして……


「不思議なもんだな、元とは言え敵国の人間とひとつ屋根の下だなんて」

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