第2話 皮肉な話①


 化物共の襲撃を殲滅した後は俺たちが守っていた壁、防壁の門が開き、中から何人かの人が出てくる。彼らは負傷者を運び、工具を手にバリケードを修復作業を始める者も居れば、焼かれた化物の死骸を台車に乗せて中へ運んで行く。

 

「大丈夫?デイモン。もろにあのサルの攻撃を受けてたけど」

「ライラか」


 俺に話しかけてきたのは先程俺のそばにいた全身鱗の女性、ライラ・シミター。


 その顔の鱗は頬から下にかけて爬虫類のような皮とその蛇のような瞳を除けば普通の若い女性に見える。軽装で動きやすい装備の彼女の背中に、彼女の長い一纏まりの髪と揺れる尻尾が見える。


「大丈夫だ、ぶつかる前に撃ち砕いたから全身に土の粉を浴びただけだ」

「その割には吹っ飛ばされてた気がするけど……」

「そりゃあの腕じゃ粉でも吹き飛ぶ」


 ビッグフットの投げる塊の大きさは一メートル程。いくら砕けやすい乾燥した土とは言え、あの剛腕から投げられるのはひとたまりもない。口に入った土が今も口に苦みを残している。


「そ、だけど一応医者に診てもらいなよ」

「医者ならあそこで酒飲んでるぞ」


 俺が指差した所には、壁に寄りかかり火炎瓶を開けて酒を飲むベレー帽のセイウチ男がいた。でっぷりとした腹が特徴的な彼は、その全身のアーマーからでさえそれがわかる。


「ハァ……アルコールは貴重だってのに……帳簿に書くのはあたしなんだよ……」

「あんなのほっといて、とっととシェルターに戻って大佐に報告に行くぞ」

「はぁーい……」


 俺が防壁の内側に歩いていくのに彼女は付いてくる。


 シェルター。それはエーテル汚染が広がるアンヘルにおいて数少ない戦前の生活が出来る避難所だ。戦時前から危機感を募らせた有力者が建てた質の高い地下防空壕もあれば、戦後に慌てて急造したようなトタン板や適当な木材だけで造られた雨風が隙間から入るアバラ家、最低限の機能しかないような劣悪な環境の集落もある。


 ここは後者だが、幸いにも元スペド王国の軍事基地。かつて王都のあったグランマ山脈のある本島からは遠く南にあった島々。戦火から逃れた数少ない島だった為、損害は少なく設備も充実している。


 防壁の中は活気溢れた人通りが広がり、その道の先にある丘の下には天然の洞窟を利用した石造りの防衛塔が立っている。そこまで歩く俺たちは、近場のスクラップを売る露店や皮を剝がれた干されたトカゲや何かの肉を売る料理屋、先程進攻して来た化物を解体して焼いているケバブ屋など、戦後の日本を彷彿とさせる闇市を進む。


「おっちゃん、これ貰うよ!」

「一個50グラムだぞ」


 ついて来ていたはずのライラの声が遠くに聞こえたかと思えば、トカゲの干し肉と小さなエーテル結晶の欠片を交換していた。彼女は天秤に紫色のエーテル結晶を乗せる。店主が結晶の方の秤に傾いたのを確認してから結晶を見つめた後、ライラに肉を渡す。


 人の身体に蓄積すれば変異を起こすエーテルとは言え、そもそも結晶である以上わざと飲み込んだり、しなければ特に問題はない。


 国が崩壊し、紙幣や硬貨の価値が可燃物かただの金属塊程度に成り下がった世界において、持ち運びやすい万能のエネルギー物質がそれに取って代わられるのは皮肉なことに自然な話だ。因みに1グラム、約10円で取引されてるようなものだ。物価は前世の現代とは同じではないが。


「ん~美味い!」


 交換したトカゲ肉を旨そうに骨ごと嚙み砕く彼女はニマニマと夢中になっている。


「そんなに美味いのか?」

「肉は鶏肉に近いんだけど骨のある所コリコリで美味いの!」

「そうか。丈夫な顎だな」

「デイモ~ン、流石にそれは素っ気なさすぎるよ」

「仕方ないだろ。前はもっと美味い物食ってたんだ。俺にはトカゲで一喜一憂出来ん」

「そう?これも結構美味いんだけどね」


 この戦後の世界、前世の記憶を持つ俺には、あの安い袋に包まれた菓子パンがどれ程恵まれたものかを何度も思い知ったモノだ。


 戦前の文化的な食事は消え去り、粗雑な何かの丸焼きが普及している。手軽と言うのもあるが凝った料理を行うには牧場や工場と言った生産施設が崩壊してしまった為、供給が安定しないのだ。


 濁った海から塩を調達するのも難しい。勿論、海の魚は殆ど変異。変異体の化物が暴れ、施設を確保できない為バターもチーズもかなり高い。農耕も広大な土地を変異生物から守り続けなければならない。


「あー、またハンバーガー食いてぇ……」

「そんな高級品、夢のまた夢だよ」


 それ故、前世で食べていたようなファストフード店で買っていたハンバーガーを買おうとすると1個エーテル約1キログラム、換算すると約1万円だ。

 全然割に合わない。


「それで?今後の補給問題は大丈夫そうか?」

「キツイ、やっぱりどこも値上げしてばっか。特に今後、弾薬買うには空薬莢を持ってかないとかなり倍取られるよ」

「じゃあ、リボルバーの弾は比較的安く済むわけだ」

「よく撃った後の薬莢を触ろうと思うよね。火傷怖くないの?」

「一時の傷で今後の命が確保出来るなら安いもんだ」


 更に、ただでさえ消耗していく弾薬などの物資に上がり続ける物価は、生活に拍車をかける。資源を集められる環境と生産施設を如何に手に入れるかがシェルターの存亡にかかっている。


 そうでなければ、その先に待つ未来は決して明るいとは言い難い。防衛力を維持できず外から壊されるか、少ない物資を奪い合い内部から内輪揉めで崩れるか。二つに一つ。


「物資の調達を俺たちのような流れ者に頼っている以上、ここも長くは持たん」

「あたしたちも余裕がある訳じゃないもんね……」


 シェルターの防衛塔にある洞窟の入り口で振り返る。

 一見明るいように見えるこの闇市の通りも、誰もが必死に目に見えぬ将来の暗い影から目を背けて居るように見える。





 地下へ続く洞窟の中。その奥は入り江になっており、そこには大型クルーザー程の大きさの船があった。クルーザーと言っても現代にあったような外観では無く。無骨な金属板や木製の甲板に覆われ、一つの戦車の砲身、外装につけられた機銃があり、ぱっと見ではクルーザー程の船を無理矢理にも戦艦に改造したような外観だ。クルーザーに戦車砲を取り付けたような物と言った方が分かり易いかもしれない。


 俺たちは腐りかけの木製の桟橋から船に乗り、操縦室の奥に入る。

 そこに居たのは170㎝程の皇帝ペンギンとそのヒナ、のモップ掛けをする同じくらいの大きさのカモメ頭の人だった。


「大佐、今戻りました」

「そう!私が!スレイン!ペンギーゴ大佐だ!」


 この一々区切ってけたたましく叫ぶ皇帝ペンギンは、ベレー帽と軍服を来ている事、ペンギンにしては大きい事を除けば、見た目はまんまペンギンだ。


「やかましい!」


 傍で掃除をしているカモメの部下にもそう叫ばれる位にはフレンドリーな上司だ。


 彼らはこの世界では人、それも鳥人と言う名で認識されている。一般的に獣人というのは人間と同じような知能を持ち、動物のような外見を持つが人間と近い骨格からくる背筋の良い直立二足歩行を行う人達の事だ。


 だが、鳥人はそれに翼の付いた腕と、鳥と同じかぎ爪状の足を持つことだ。彼らの小指はプテラノドンの翼のような形に進化しており、小指を開き翼を展開出来る。空中で飛びながら足で武器を持ち、攻撃する事もできる特殊な種族だ。まあ、大佐はペンギンなので飛べないのだが。

 

 獣人、鳥人というのは、その外見は頭部を除きまんま人の骨格をした動物と言った方が正しい。美少女のような顔が付いてる事は多種族とのハーフでない限り、あると思わないように。


 と言うかこの世界の住人は言葉を話せるか、人らしい振る舞い(直立二足歩行が最低限)があれば何であれ人として認識している節がある。だから、初めて大佐と会った時は面食らったものだ。なんせ人と同じ伸長のペンギンが叫ぶんだから。


「それで!報告!負傷者は!?」

「俺がビックフットの土塊を喰らった程度です」

「それで殆ど無傷なんだよね、おかしいよね」


「弾薬は!?」

「あたしはマガジン3本程とデイモンは?」

「マグナム弾、計24発」

「そうか……ファングの奴は何処に行った!?」


 少し考えるように顎を手に当てた時に、はっと気づいたように声を荒げる。その名前はサーベル・ファング。防壁にもたれていたアル中のセイウチの獣人の名だ。


「防壁の傍で火炎瓶飲んでましたよ」

「ウルェァァアッ!」


 その発言を聞くや否や、奇声を上げ怒り心頭の顔で走り去って行く大佐。このやり取りも何度見た事か。

 どうせ今頃ファングをしばきあげているだろう。


「ほんとう、あきねぇよな大佐は」


 その様子を見て口を開いたのは、モップで掃除をしていたカモメの鳥人が口を開く。彼はカトラス・ウィング。主にこの船のを管理する雑用をしていることが多い彼だがこの船一番の狙撃手だ。彼に学はないが戦場の技術だけは誰よりも優れている。


「あれを戦前からしてる仲らしい。今更変わらんだろ」

「それで?こんかいの防衛任務の支払い。どうなるんだ?」

「さあね。ただ、前よりは少ないんじゃない?」


「マジかよ……おいらのエーテル、もう残り少ないってのに」

「仕方ないよ。ここ食糧は安くなっても弾薬は何処も彼処も不足してるんだから」

「それでカトラス、そっちは?何か見つけたか?」

「こっちはあとで大佐が話す。みんなあつまってからだってよ」

「そうか」


 話を終えた後、後ろからズボンの裾を誰かに引っ張られる。


「ピ!」

「ん?お、ピーか」


 このピーしか喋らないのはピー・ペンギーゴ、大佐の娘だ。彼女は生まれつき声帯が発達しておらずまともな会話が出来ないそうだ。


 因みに彼女はハーフだ。顔は期待していい。まだ幼い顔つきの残る人の顔とここに居る誰よりも背の低い彼女。その上半身までは人のようではあるが、腕にあるペンギンの平べったい翼と、下半身には鳥特有のかぎ爪と水かきのある足がズボンから見える。


 大佐から聞くには彼女は人魚と鳥人のハーフだ。

 びっくりするほど人魚要素が死んでいる。辛うじて首元にエラがある程度だ。


「ピ!」


 ピーが片手のに持っていたレンガ一個分のエーテル結晶を俺に見せてくる。


「それが今日作った分か?今日は随分多く作れたな」

「それ1㎏はあるんじゃないか?」

「ピー、そこの金庫に入れといてね」


 ライラが指差した先には作戦ボードの傍の金庫があった。


「ピー!」


 敬礼の後、金庫にエーテルの塊をしまい込んだ彼女は部屋を出ていく。


 この時代、エーテルと言うのはさっきも言ったが金だ。結晶にしてしまえば、飲み込んだりしない限り影響は無い魔術の素。いわば燃料資源を通貨にしている。

 そんなもの通貨にすると誰かが燃料として使えばすぐになくなってしまう。


 それを通貨として作るのは戦えない子供の役目だ。布で口を抑えエーテルに汚染された水を熱して、蒸発させて残った結晶と不純物を分けて。再び熱して溶かし結晶を固めていく。こうして出来た結晶が市場に流れていく。


 あれだけ忌み嫌われていたエーテルを、こうして必死に海から搔き集めているなんて何ともおかしな話だ。



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